(おお振り、阿部)














春風の知らせ













今年は開花が早いらしい。




二月の終わり頃から何やら春の訪れを風で感じることはあったが、


まさか例年より3週間もずれ込むとは。




そのため卒業式には間に合わず、入学式には散ってしまってるという


異例なことが起きてしまった。他でもない、その被害者になったのは


ここにいる隆也とである。今から花が膨らもうとしている桜の並木道を歩き、


ようやく中学校の制服を脱ぐ。


三年間を共に過ごした仲間たちと校舎と思い出たちに手を降って


来月からはようやく高校生だ。さみしくはない。


それどころか、2人は胸が弾むのを抑えられないでいた。




卒業式を終えた後、気づけばふらりと足を向けていたのがここだった。


特別待ち合わせをしていたわけではないのに、


2人は同じ場所に立っていた。


フェンス越しに春から進学予定の西浦高校のグラウンドを眺めて、


どちらともなく細く長い息を吐き出す。


吸い込む空気がどこか冷たかった。冷たさも匂いも、


この胸踊る感覚もきっと大人になっても覚えてるんだろう。そんな気がした。




「なにやってんだかって話」


「お前だって」


「まぁね」


「落ち着かないんだろ」


「タカだって」


「まぁな」




言葉数は少ない。お互い多くを語るほうではない。


どんな関係かと聞かれれば、いわゆる幼馴染というやつで、


いわゆる恋人というやつだ。冷めてる、なんて周りは言った。


特に年頃の女子たちは「何ヶ月?」だとか「お揃いは買ったの?」


だとか「もうえっちした?」だなんてきゃっきゃっしている。


そんな子達に気後れしているのは認めるが、


冷めてるだなんて思ったこと一度もなかった。


適当な距離だ。お互い趣味がある。打ち込んでるものが。


隆也は野球に没頭してるし、はそんな隆也の一番近くでサポートしてる。


野球の話で熱くなったり、どちらかの部屋で勉強したり、


のんびりしたり。お互い友達がちゃんといて、


好きなことがちゃんとあって、それを認め合ってる。


それになんといっても沈黙が心地よいと思えるのが彼だ。


相手もそう思ってくれてる。それがわかる。



「来週くらいからさちょいちょい顔出そうと思ってんだよね」


「え、そんなのいいの?」


「いいってさ。はどうする?」


「んー。春休み何も予定ないしなぁ」


「…だと思ってもう連絡しといた」


「仕事が早いこって」


「さんきゅ」



何故聞いたの、と突っ込むとぶっきら棒のいいだろ、が返ってきた。


これが彼なりの照れ隠し。それに気づく人は少ない。はいはい。


一緒にいたかったんでしょ。そー言ってくれればいいのに。


ほんとそういうところ優しくない、なんては思った。


けど、ちょっと優越感。次の瞬間なんとなく口元が緩んだのがばれたらしく、


小突かれた。ごつっと鈍い音がした。


相変わらず力加減が下手くそすぎる。まったく。



「帰るか」


「まっすぐ帰る気ないくせに」


「はあ?なんで」


「野球、したくて疼いてんでしょ」


「…付き合えよ」


「拒否権は?」


「ないけど?」



俺様阿部様。いいよ。好きだもん。


気が変わらないうちに付き合ってあげましょうか。




来月からマネジするなら、引退して鈍った身体作り直さないとな。


桜が咲いて、散る頃には高校生活が始まるんだ。


さらりと。頬を風がなでて行った。少し、暖かかった。














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