(過去Web拍手掲載夢)









 溶ける甘さ









「どうぞ」

「…ありがとう」


まるで椅子を引くという行為が自分の役目であるかのように、彼は恥ずかしげもなくさらりとそれをやってのける。

歳で言えば自分よりも5つは年下なはずなのに、彼に言わせてみればどの年齢の女性も「レディ」になるらしい。

普段やっているのがお互いにエクソシストという職業柄こんな風に落ち着いたカフェでランチ、だなんて中々出来ないはずなのに、今日は特別な日だからと彼はご機嫌に私を誘う。

いつもは対アクマ専用装備を振り回している私も、今日ばかりはフォークを持った。

頼んだ紅茶も、シフォンケーキも彼のおすすめ。

そのふんわりとした生地にフォークを差し込むと甘い卵の香りが鼻腔をくすぐった。


「美味しい」

「お口にあったようでよかった」


目の前の彼も普段教団で見せるものとはまた異なる笑みを始終張り付けてティーカップに口を付ける。

アンティークなこの店内の雰囲気と彼の装いが見事にマッチしていて、不覚にもきれいだな、なんてため息がこぼれてしまう。

こんな日常、夢みたいだ。

いつもの喧騒からぷっつりと切り離されていて、まるで異世界に飛ばされているのかのよう。

ちらり、と目の前の少年を見つめると微笑ましそうに口元を緩めていた。


「どうしたのいきなり。2人きりで外で食べようだなんて」

「たまにはいいでしょ?」

「でも吃驚するじゃない」

「surprise」

「もう」


重ねた指の上に顔を乗せご機嫌な彼。


(そんなにここのランチを食べたかったのかしら)


男の子一人だと入りにくかったのかしら、と小首をかしげる。


「足りなかったんじゃない?」

「いえ、さんの美味しそうに食べる表情でお腹いっぱいですよ」

「…駄目よそんな事、簡単に口にしちゃ」

さんだから言うんですよ」


頬を赤らめたのは温められた紅茶の熱のせいか、はたまた別の何かのせいか。

ぱちぱちと瞬きをして返すと、彼は食えない笑顔でにこりと笑う。

馬鹿にしているようには、見えない。

嘘も言っていないように思える。

妙齢の女性に対しての扱いが素晴らし過ぎて「全く今時の子はどこでそんなものを覚えてくるのかしら」と不安にすら思ってしまう。

彼にそれを言うと「世界の常識ですよ」と跳ね返されてしまった。


「って、本当はちょっと心配してたんですよ。ここのところさん根詰めてるみたいでしたし、任務も重なって中々休めてなかったって聞くし」

「まぁ、発見情報が母国の事が多かったから、地理に強い私が必然的にってのは当然の話で」

「休息もエクソシストの仕事って、入団当初僕に教えてくれたのはさんですよ」

「それは、そうだけど」


教団の中でも特には仲間たちが傷ついたりするとすぐに心配し親身になって気にかけてくれるお姉さん的存在だった。

エクソシストとしてだけではなく、些細な悩みや相談事もいつしか彼女に話す人が増えていた。

それに加え、今回の任務は中々の激務だったと聞く。

自分のことなら二つ返事でにこりと了承する彼女が、心の底からほっと息をつける暇なんてあるのだろうか、とアレンは思った。


「だから僕、コムイ室長に話して当面の活動を休止してもらっちゃいました」

「え!?どうしてそんな」

「ほら、今日だって、いつもは煩い化学班の人たちが誰も引き止めなかったでしょう?」

「…た、たしかに。でも、アレン君思ってくれてるのはわかるけど、私のためにそんな事」

「――僕が見てられなかったんですよ」


さらりという。


「好きな人が1人で頑張ってるんだから、それを甘やかすのは僕の役目でしょ?」

「!」


とくん、と胸が跳ねた。

慌ただしい日々の中では感じる機能が低下した感情だった。

そうか、人の好意を受けたり返したりする余裕すらなくなってしまっていたんだ。

手元の紅茶はすでにぬるくなってしまっていた。

が手持ち無沙汰になってしまってティーカップの中に落としていた視線に波紋が広がる。

追加されるように並々ティーポットから注がれる温かい温度に肩の力が抜けていくのを感じた。

これが、彼の言う「甘やかす」という事なのだろうか。


「惚れちゃった?」


悪戯っぽい笑みで笑う彼に「ばか。」と呟いた。














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