(2023/10/24)(過去Web拍手掲載夢)









 寄り道
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…ん………さーん」


朝にしてはまだ少し早い時間帯。

しんと静まり返る空気を震わせて馴染み深い声が剣心の鼓膜を揺らした。

5時、いや4時だろうか。

鶏の鳴き声も聞こえなければ、人が活動している気配もない。

それなのに何重にも降りた意識の帳の外から人の声が聞こえてくるのは何故だろう。


夢かと1番に疑った。

しかしその外に意識を向ければ向けるほど覚醒していく頭がそれを否定する。

と、すればこんな夜更けに一体誰が?


「お、やっと起きた。おはよう兄さん」


はっとなり目をぱちりと開けて状況を確認すると寝起きの視界に映ったのは見間違えることのない妹の姿。

距離にしてこぶし1つ分ほど。

吐息すらもかかってしまいそうなほどの至近距離に思わず息を止めてぎょっと目を見張る。

完全に間合いの内側。

よほど気を許した相手出ないと踏み入る事も出来ない“内側”に彼女は何の悪びれた様子もなく堂々と入り込んでいた。


「っと、大きな声はダメだよ。みんなが起きる」

「なにを、やってるでござるか」

「ちょっと思い立っちゃってさ。1人で出かけたらまーた心配性の誰かさんがねちねち――」

「文を残せばいいでござろう。それに拙者が言っているのはそういう事ではなく」

「あぁ、この状況の話?大丈夫、兄さん以外にしないって」


そこはわきまえてまーすと剣心の顔の横についていた手をどける彼女。

兄とは言えど男の寝室。

気が緩んでいたからとはいえ息がかかるほどの間合いを許してしまうとは。

無意識に眉根の皺が寄る。

彼女は人懐こい笑みを浮かべると、眉間に人差し指を押し付けて「怖い顔やーだ」なんて言うからその手を緩く払って突っ込む代わりに盛大にため息をついて見せた。


ほら出かけるよ、と急かすように手を叩くそれは完全に彼女のペースだった。

物言いたげな視線を送ってみたところであの妹が折れるわけはないだろうと付き合いの長さから察すると剣心は諦めたように重い腰を持ち上げた。









「行く場所くらい言ったらどうでござるか?」


目的地も告げられずに引っ張られるままに道場を後にして二人は河川敷を歩く。

歩くペースはゆったりとしたもので、その歩調からも急ぎのようではない事はわかるが疑問は募る一方だった。

流石自身の妹というだけあって言葉が足りないのはいつものこと。

しかしその足取りは軽快で、ご機嫌に剣心の前を歩いていた。

目的地を告げることを忘れているのか、単に必要ないと考えているのかいつまでも話そうとしないにしびれを切らし剣心が問う。


「えー内緒」


振り返ったその口元が弧を描いていたことを確認して、後者だったなと悟る。思い切り顔を顰めて前を歩く背中を睨でいると、面白そうに笑ったが振り返って「薬草採りにいくの」と短く答えた。


「薬草?」

「そ。この時期にしか群生しない貴重なやつ。これだけ早い時間帯だったら大丈夫だと思うけど、道中野盗の残骸みたいなのがうろついてるって言うからさ。用心棒してもらおうって魂胆」

なら返り討ちでござろう」

「箸しか持てないか弱い乙女ですので」

「嘘はいけないでござる」

「ちょっとは付き合って欲しかったでござる」


鋭い突っ込みにぷーと頬を膨らませるのは幼少期のままだった。

あれから20年ほどの月日が経っているにその名残はしっかり残っており剣心は懐かしさに思わず目を細める。


両親を失い、身売りに合い、野党に襲われ――元々「剣兄、剣兄」と後ろを歩いていたは、あれ以降片時も離れられたがらなくなってしまった。

過去を懐かしむように目を細める剣心。

ほう、と静かにため息をついてみると、自分よりほんの少し前を歩く彼女がポツリと呟いた。


「嘘、剣兄を一人占めしたかっただけ」

「…」

「用が終わったらまた皆に返すよ」


 “ 剣兄、剣兄 ”


思わずフラッシュバックされたのはかつての光景。

10年もの間、何の相談もなく連絡を断ち行方をくらました。

彼女からすれば慕っていた兄が突然音信不通になるという気の毒なことをしてしまった。

愛想を尽かされても仕方ないと割り切っていたつもりだったが案外そうでもないらしい。

言葉にはしないが相も変わらず自身の事を慕ってくれている妹にほう、と胸が温かくなる。


ふ、と思わず頬が緩んだ。

ほんの少し歩みを速めて彼女と足並みを揃えると、あの時のように軽く頭を撫でてやる。

はっとなって見上げる妹は一瞬驚いたように目を見開き、それから嬉しそうに口を緩ませた。


「せっかくだ。どこか甘味処があれば寄ろうか」

「…いいの?」

「あぁ急ぐ用でもないのでござろう。たまには寄り道もいいだろう」


ちらりと彼女を見ると、"甘味"というワードにきらきらと目を輝かせていて思わず吹き出してしまった。

妹に滅法弱いのは幾つ年を重ねても変わらないようだ。














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