(立向居・同級生・恋人・甘々)














 ういうい














お疲れ様でしたー。


グラウンドの中央で部活の終了を告げる挨拶の声が響き渡る。


日も完全に地平線の奥に隠れ、空はもう暗闇模様。


カラっとした暑さが日中は酷だったものの、日が完全に落ちた今、


夜特有の涼しさが汗ばんだ身体を一気に冷やしてくれた。


風邪をひかぬように汗はちゃんと拭き切るようにキャプテンが声をかける。


だらだらとユニフォームから制服へ着替える部員達。


今日もつかれたな。今日この後どこに行く?やべ、明日1限江原だよー。


なんて。今まで休めていた口を忙しく動かしては帰路につく。




そんな中。誰よりも早く片付けや着替えを済ませ立ち去ろうとする人影があった。


立向居勇気だ。




「お先に失礼します!お疲れ様でした!!」


「おーお疲れー。寄り道せずに、帰れよー」


「し、……しませんよ!!」




茶化されつつも立向居は律義に全員にお辞儀をしてからその場を早々と立ち去る。


先輩たちのニヤニヤとした視線に見送られながら。


彼女が待つ待ち合わせの場所まで走り去る。










 +









真っ先に向かうのは夕方まで授業を受けていた教室。


3年生が1階、2年生が2階、1年生が3階と


なぜか年寄りに優しいシステムとなっている校舎の仕組み。


ハードな部活を終えての3階まで駆け上がるのは


自分の体にかなりの鞭をうつ行為そのものだったが、


待ってくれているであろう彼女のためならへっちゃらだ。


椎名


中学に上がるのと同じくらいから付き合いだした女の子。


小学校も同じ場所に通っていたのに、クラスが違ったり、


彼女自身が内気で控えめな性格だったことも幸いしてかあまり絡んだ事はなかった。


だけど。


ピアノがすっごく上手で。


音楽コンクールの時は伴奏なんかもしていて。


コンクール前は放課後残って日も暮れちゃうくらい遅くまで


一生懸命練習しているようながんばり屋さんで。


人前にでると真っ赤になっちゃうくらい注目されるのが苦手なのに


半ば無理やり押し付けられるように伴走者に決まったのに


あんなに遅くまで何度も何度も練習している姿に励まされた。


音楽のことは全然わからないけど、でも、見惚れた。




ちゃん!」




教室の扉を開けてすぐさま彼女を探す。電気をつけていない真っ暗な教室。


すぐに目が慣れて視界に隅に彼女を映してほっと安堵する。


毎度、これだ。


ちゃんといた。待っててくれた。毎日。毎日。これが積み重なって。


幸せだなーって感じる。




「ゆう君、お疲れさま」


「うん、ありがとう。いつも待たせちゃってごめんね」


「ううん。私も部活さっき終わったばっかりだし」




それに、少しだけここからゆう君ががんばってるとこ見れたしね。


とはにかみながらぎゅっと俺の手を握る。暗くたってわかる。


きっと彼女は今耳まで真っ赤にして俯いてる。可愛いなぁ。


思わずこっちまでだらしなく笑ってしまう。


彼女が持つお花畑みたいなふわふわな雰囲気に部活の疲れなんて


忘れちゃうくらい、それくらい、毎日励まされてる。嬉しいな。幸せだな。


こうやって暗くなるまで待っててくれる彼女が。


休み時間に友達とおしゃべりしてる彼女が。


授業中にノートに目を落としペンをくるくる回してる彼女が。


「ゆう君」って呼んでくれる彼女が。


すっごく可愛くて可愛くて仕方なくって。


ゾッコンだなって思う。べた惚れだなって。それでもいい。


どんなに周りに冷やかされても、茶化されても、好きなんだから。




「だいぶ暗くなっちゃったね」


「ごめんねいっぱい待ってもらって。試合前だから練習時間延びちゃって」


「ううん。私が勝手に待ってるだけだもん。ゆう君こそ疲れてるのに」


「お、俺も…!好きで、一緒に帰りたいだけだから……」




言ったあとで蒸気でも出そうなくらいに火照った。


でもそれは彼女も同じらしく、つないだ手をぎゅっとして俯いてしまう。


初々しいな。登下校を一緒にする俺たちを見かけた先輩は言った。




「試合、頑張ってね。私応援に行くから」


「え!本当に?来てくれるの?」


「勿論だよ。だってゆう君のサッカーしてるとこもっとみたいもん」


「うわーじゃあ俺もっと練習頑張らなくっちゃ!」


「ふふ…これ以上頑張るの?」


ちゃんにかっこ悪いとこ見せられないしね!」




なにそれ。そういって笑う。ふわふわ。ふわふわ。つられて俺も笑う。




「じゃあ、レモンの蜂蜜漬けでも作っちゃおうかな」


「!」




嬉しくて。ついついぎゅっと抱きしめちゃった。


腕の中でくすぐったようにしてる。腕をほどいて今度は両頬に手を添えて


おでこ同士をごつん、とくっつける。吐息さえも触れ合うこの距離で




ちゃん、だいすき」




って言って、そして――。














(俺、今すっごく幸せです) inserted by FC2 system