(緑川)年上ヒロイン・おひさま園














 背伸び














ピ。っと電子音が鳴った。差し込んだばかりのカードキーを


引き抜くと空欄だった場所に「21:16」と記入されている。機械ってすごい。


そのひとつ手前の欄には「13:44」と書かれていて


何を隠そうこれは私が入店していた時間を意味する。7時間。死んだー。


遅番のバイトさんに笑顔で挨拶すると、ひんやりと冷たい外へ足を向かわせる。


寄り道なんてしない。向かうのは家だ。家族が待っている。


はぁ。っと一日のバイトの疲れを吐き出すようにため息をつくと


息はほんの少し白くなって時期に消えた。あーあ。もう冬になっちゃうんだなー。


この前高校に進学したばかりだって思ってたのに。気がついたらこれだ。


まったく。年はとりたくないぜ。って、店長さんに言ったらしかめっ面されたけど。




姉!」




背中に聞きなじみのある声を投げかけられて振り返る。


すると全力ダッシュで駆け寄ってくる子犬、もといリュウジの姿があった。


制服姿のまま、部活のバックもつけたまま。明らかに部活が終わって


そのまま来ました!とでも言わんばかりの風貌に思わずくすりと微笑んでしまう。




「お疲れ!……よかったー間に合って」


「リュウジこそお疲れ。走ってきたの?」


「うん。部活が9時までだったから、もしかしたら間に合うかなーって!」




屈託なく笑うリュウジ。へとへとなはずなのに、こっちまでつられて笑顔になる。


リュウジのぴかぴかした笑顔が最近は毎日のように見れる。


サッカーでシュートを決めたとき。私の作ったご飯を食べたとき。冗談を言うとき。


あんな出来事だってまだまだ彼の中では深く根付いてるだろうに。


励まされるな。なんか。


1年前。あの時自分は中学3年生で。お父様に気に入られたい一身で


勉強だって、サッカーだってがんばってて。でも。それはみんな同じで。


みんな同じように認められたくて、ほめられたくて、がむしゃらだったから。


要らないって言われて、不必要だって突きつけられても、


ただただそれに縋ることしかできなかったのは私がまだ子どもだったからだ。




「でも、毎回わざわざお迎えきてくれなくても大丈夫よ?」


「いいの!俺が勝手に来てるだけだし。

 それに、変なやつに声かけられたらどうするの?」


「あはは、リュウジは心配性だね〜」


姉がふわふわしてるから目が離せないだけ!」




しっかりしてよね〜。と悪態をひとつ。これじゃあ本当に弟みたいだ。


子ども扱いしたら怒るくせに。でも、世話焼きで、努力家さんで。まったく。




「リュウジはしっかりしてるなー」




2つも年は下なのに。本当にしっかりしてる。


私がそうつぶやくとリュウジは困ったように腰に手を当ててため息をついた。


まったく、と呆れられているような雰囲気。でも、なんかいいなーこういうの。


愛があるって言うか。なんか和やかだし。冬が近くって寒いはずなのに


ぽっかぽかになるね。




「肉まん食べて帰ろうか」


「え、いいの?」


「いいよ。部活終わっておなかすいたでしょ」


「食べる食べる!俺、ピザまんね。あ、いつもみたいにはんぶんこする?」


「じゃあしよっか。なら、私はフツーのにしよっかなー」




いこっ!と手を差し出すと、少し恥ずかしがりながら重ねてくれた。


やっぱり年頃だからかな。ずっと弟って風に思ってたけど


やっぱりリュウジも男の子なのかな?




姉の手、すっごく冷たい」




そうかな?自分じゃわからないけど。でも。確かに。


リュウジの指はあったかかった。


それに。包み返してくれた手のひらは大きかった。









 +









公園で買ったばかりの肉まんとピザまんをはんぶんこにして


仲良く二人でわける。幼いころ、どっちも欲しがったリュウジを


なだめるために考えたものだったけど、気がつけばこれがルールみたくなっていた。


肉まんも、アイスも、お菓子も、はんぶんこ。まぁ2倍楽しめるわけだから


我ながらナイスなアイディアだと思うけどね。




人っ子一人いない静かな公園の中央にあるブランコに腰を下ろして、


二人は帰宅するまでのエネルギーをこれでまかなった。




「ねぇ、姉」


「ん?」




もうすでに食べ終えたらしいリュウジがブランコをゆらゆらと揺らしながら言った。


けれど何を思いとどまったのか、やっぱいい、と続けた。


私はそっか、とだけ返した。ちょっと引っかかったけど。


言いたいタイミングで言ってほしい。彼のタイミングで聞いてあげるから。




「あの、さ」


「なあに?」


「……俺ってさ、ガキっぽい?」


「どうしたの、急に」


「ねえ、答えてよ」




お互い顔は合わせない。肉まんを最後まで頬張ってしまうと、


私は家から持参していたお茶を口に含む。そして。はぁ。あ、また白くなった。




「だって俺、まだ声変わりしてないし」


「うん」


「背だって、まだ姉と同じくらいだし」


「うん」




やっぱり年頃の男の子なんだなぁ。少し、ぼんやりと。


まぁ私だって2つしか変わらないわけだけど。でも――。




「焦らなくたって時期に声変わりだってするし

 身長だって私なんかすぐに抜かしちゃうだろうし

 無理に背伸びすることなんてないんじゃないかな……」


「よくわかんない」


「リュウジは人間らしくって素敵ってこと」




いつの間にかブランコから降りたリュウジは


私に背を向けながら「ふーん」とつぶやいた。


なにやらまだ不消化な部分がありそうな意味ありげな呟きだった。


けど。




「じゃあさ」


「ん?」


「俺が声変わりして、もっともっと男らしくなって」


「ふふ、うん」


「身長だって姉よりずっと高くなったら、さ」


「 うん 」




くるりと振り返る。暗がりの公園でも見える素敵な笑顔だった。


それでいい。無理に背伸びなんかしなくたって。君は、君らしく。




「俺の――になってよ」




ちょっぴり悪戯っぽく言った。














(うん、じゃあそれまで待っててあげよう)(なにそれー) inserted by FC2 system