(能力持ち・年上ヒロイン・ほのぼの)














ヒトリジメ














「      」




記憶の片隅に残っている熱情は酷く霞んだものだった。


当時は懸命に声色やしぐさ、匂い、心拍音、言葉のひとつひとつを


一つたりともこぼさぬように、忘れないようにしようと胸にとどめていたくせに


あんがい記憶というものはいい加減で、僕は月日を重ねるごとに


おぼろげになっていくのを感じていた。こうやっていつしか


僕の中だけにいる彼女が過去の思い出となっていくのがただただ不安で


少しでもつなぎ止めようとしていたのか、事あるごとに理由をつけては


彼女の部屋へと足を運んでいた。彼女は今日も、いつものように笑ってそれを受け入れる。


それを知っているから、そして絶対に彼女は拒まないと知っているからこそ


僕はその彼女の母性、みたいなものに甘え続けているのかもしれない。なんてね。




「………」




また今日も、訪れようとしていた。


いつもなら。


扉を開けようとした瞬間、すぐに部屋の中の住人は


自分の存在にいち早く気が付き扉を開けて出迎えてくれる。


彼女の目の能力。その名も「目を通す」能力。あ、これ僕がつけたんだけどね。


ようは透視、千里眼と言われるもの。こればっかりは僕の欺きだって通用しない。


にへら、と頼りない笑顔で迎え入れ何事もなかったように「カノ」を相手にする。


彼女の視界の範囲外で姿を変えてみたところで細部の違和感なんかで気づかれて


ジ、エンド。あー、ほんと僕のことホントよく見てるよねぇ。ちょっと自惚れる。


勘違いしますよー。勘違いしちゃいますよー。責任とってくれるんですかー。


なんて。悪態をいくつか胸の内でつきつつも表情は揺るがさない。


こんな笑顔だって彼女の――の前では全部お見通しなんだろうけどね。




姉ーいるー?」




不在を疑ってしまうほど部屋の中は静寂で真っ暗だった。


唯一机の上にある明かりだけがぼんやりと部屋を照らしている様子で、


おそらく夕方のまだ日の光がある頃から


この部屋はこの状態を維持し続けているということだ。


すーすー。っと静かな寝息だけが鳴っている室内。この部屋の主でもある


は私服、しかも髪もサイドアップの状態のまま机に伏せて眠っていた。


机面には我がメカクシ団の家計簿とシャーペンなど筆記用具がばらばらと……。


椅子のあたりまで転がり落ちた消しゴムを拾って、やれやれとため息をつく。




「………………」




そして、悪戯を一つ。思いつく。


僕は無防備に眠る彼女のやわらかい髪をさらりと払う。むき出しになった耳元に


唇を寄せてちゅ、とリップ音だけ立てると続けて「おはよ」と囁いた。


びくり、とするの体。とっさのことに驚いきましたーと言わんばかりに目を開く姿に


思わずこらえていた笑い声が口の端からこぼれた。当の本人




「あ、え……カノくん…??」




と状況がイマイチつかめていないらしく(そして寝ぼけているのも手伝ってか)


疑問符をたくさん脳裏に浮かばせていた。瞳の色は赤い。おそらく驚いたせいで


咄嗟に能力を発動させてしまっている。まぁ発動っていってもこの本部のメンバーが


どこにいて、なにをしていて、なんてものが分かるくらいなんだけど。


発動させて、状況がわかってきたらしい姉は落ち着きを取り戻すのと同時に


赤い目がいつもの茶褐色へと色味も変わる。僕は悪びれた様子もなく


ただにへらーと笑って見た。困ったように姉は笑う。




「びっ……くりしたあ」


「ふふ、おはよ姉」


「おはよ、カノ君。私ったら寝ちゃったのね。あーあ。6時からの番組終わちゃった…」


「一応キドが録画してたみたいだよ。見たがってたの知ってたし」


「あ、ホントウ?後でお礼言わないとね」




ぐぅっと伸びを一つして家計簿を閉じると、


すぐさま部屋を出ようと壁に掛けてあった杖に手を伸ばした。


彼女は生まれつき足が悪い。走くことはできないし、歩くだけでも杖がいる。


生活面では問題がない状態までリハビリをしているので


今は月に一回の定期検査だけで済んでいるのだが


小さな頃は歩くこともできずに車椅子生活を余儀なくされていたらしい。




逃がさないと言わんばかりに腕を引き、足を止めさせると、姉は


どうしたの?といった感じで小首をかしげた。




「お腹がすいたから呼びに来たのかと思ったのだけど」


「んーん。ただ構って欲しかっただけ」


「でも夕食も作らないとなんだけどなぁ」


「そんなのセトが気づいたらやるって!」


「でも悪いわ」


「いいじゃん、後で僕も手伝うし。……だめ?」




本当に自分のため。ただ、して欲しいだけ。だけど、こう言われると断れないことも


僕は知っている。お人好しだもんね。は。


少し考えて、ふぅ、と息を吐くと「わかった。もう少し居眠りしてたことにするわ」


と妥協してくれた。わがままが通った僕はニンマリと笑う。




「おいで、カノくん」




手を差し伸べてくれる。片方の手のひらをとって自分の頬に当てると


じんわりとの体温がほっぺたに伝わってきた。目を閉じて味わうように。


手のひらを少しだけ唇を当てた。それに応えるようには指先を動かして


僕のくせっ毛を優しく撫でた。




「あの、さ」




ぽつり。と出た声は自分でもびっくりするくらいか細くて少し震えていた。


それを受容するように「なあに」と聞く。




「なんかさ」




このままヒトリジメしたくなってきたや。














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