(モモ入団前・年上ヒロイン・目を通す能力)














素直な鼓動















「この子、能力者ね」




一言。


口の端からこぼれおちるように紡いだ言葉でそこにいた2人は


今までしていた作業をやめてじっとついているテレビの方に向き直った。


あらあら、手を止めさせてしまうつもりはなかったのだけど。


一人は雑誌に向けていた目を。一人はiPhoneに向けていた目を。


ちなみもこの二人も、そして私も能力者だったりするのだけど。




「最近よく出てるよね、この子」


「…そうだったか?」


「最近急にね」


「知らないな」


「キド、おっくれってるぅー」




鈍い音がした。




「で、この子が能力者っていう確信は?」


「そうねぇ。カノ君もキドちゃんもそうなんだけど、この子のも見えないのよね」




未来。と続ける。


シイは特に深刻そうな様子もなくマリーの淹れた紅茶に口付けた。


輪切りにされたレモンがぷかぷかと浮かんでおり、


それを一口口に含んではほうっとため息をついて至福の時を味わった。




「……いってて。え、“目を通した”って事」


「偶然ね。意識したつもりはなかったんだけどなぁ」


「その偶然というのは?」


「なんて言うか、惹きつけられちゃったのよね」




シイの目が持つ能力は会話にも会った通り“目を通す”能力。


言ってしまえば千里眼である。壁などといった障害物すらも


彼女の能力を使ってしまえば透視することが可能である。


範囲は最大300m。負担が大きいためここまで視野を広げることは滅多にない。




「人の目を引き付ける力があるんじゃないかしら」




至った結論はそれだ。その言葉をきっかけに立ちあがり歩き出したのはキド。


行ってらっしゃい、の人声をかける間もなく彼女はそそくさと


この本部を立ち去ってしまった。目を見合わせる二人。


肩をすくませたのはカノの方だった。




「仕事は順調?」


「順調、かな。難しいこともたくさんあるけど、皆優しい人ばっかだし」


「ふーん」


「好きな仕事させてもらえるってだけでも喜ばなくちゃ」




シイはそれだけいうと、膝を少しだけさすった。


彼女は今子ども保育施設の事務の仕事をしている。小さいころから面倒見がよく


子どもが好きだった彼女は本当ならば保育士にでもなりたっかったというのが


本音なんじゃないだろうか。でも、それをしなかった。


否、できなかった。


目を辛そうに細めたのをカノは見逃さない。はっとなったシイは


誤魔化すように微笑み席を外そうとする。




「だーめ」




腰を上げる前に引き寄せる。彼女は生まれつき足が悪い。


リハビリの甲斐あって今となっては歩けるほどにまで回復しているが


昔は立ち上がることもできずに車いす生活だったと聞く。


未だに歩くことに対して不慣れというのは目に見てとれるが、


少し腰を持ち上げたあたりから引き戻しているのでおそらく痛みはなかっただろう。


ソファがふわりとバウンドした程度だった。




「カーノくん?」


「ん?」


「ん?じゃなくてね、こうくっつかれると動けないのだけど」


「知ってる知ってる」


「こら」




軽く小突く。


でもその程度で引き下がるカノではない。




「いーじゃん。久々に二人っきりなんだからさ」


「まるで恋人同士みたいな物言いね」


「まーだ落ちてくれない?こんなに好きだって言ってるのに…」


「カノくん気配り上手さんなんだし私なんかよりもっと素敵な子がいるわよ」


「僕はシイ姉がいいんだけどなぁ」




軽い口調で言う。シイのほうもさっき雰囲気を重くしたことを悔いているのか


それともただ単純にカノの口説きをかわしているだけなのかさらっとしている。




「あ、もしかしてさ。僕が重荷に感じちゃうって心配してる?」


「………」




唇がピクリと動いた。


けれども。何もつぶやくこともなく静かに閉ざされる。図星、のようだ。


カノはふぅ、と呆れたように優しい溜息をついてそっと彼女の頭を引き寄せた。


引き寄せて、胸元にあてて、髪を撫でる。


やっば…僕今超緊張してる。なんて思いながら。




「 逃げないでよ 」




髪を耳にかけて囁くとシイは抵抗をぴたりと止めて薄い唇を少し開いた。


多分もう少し狙っていったならば可愛い声でも


こぼれてきたんじゃないかと思うとちょっと興奮した。




「私は、カノ君に幸せになって欲しいだけよ」




胸を軽く押してシイは僕を拒絶する。


夕食作り始めようかしらね、なんていってまた、誤魔化す。


杖を使って台所の方へと逃げるように去っていく背中を見つめて


カノはソファに身を完全に沈めた。


手の甲で瞼を抑えて細くて長い息を吐く。




ほら。


また逃げてる。


逃げないでよ。


せめてさ。


僕の前だけはさ。


弱いとこだって見せてくれたっていいんだよ?




「あーあ」














鼓動までは騙せないんだけどなぁ。 inserted by FC2 system