(2019.12.28)(祝★戦国武将総選挙19位)
平気
「もうおねね様ったら心配しすぎなんですからぁ」
いつも通り間延びした声でそうきっぱり言い放つものの、目の前のおっかさんは信用のかけらもしてないらしく、「そんな顔でそんなこと言ったって駄目だよ!」と咎めた。
悪びれた様子のないが「あらぁ」と内心どうしたものかと考える。
事の発端は数刻前までさかのぼるが、事の次第を要約すると「客人に毒を盛られた」という話。
毒、と言うが殺傷能力があるものではなく(勿論過度な摂取は致死させるだろうが)言うならば媚薬と言った類の物。
「は嘘をつかんのです」
「そんなとろとろな顔して何言ってんだい!」
「今回ちょーっと顔に出ちゃったけど、この量なら支障ないしなぁ」
「そこんとこは半兵衛から聞いてるけど、アンタ多少の事は自制出来るらしいじゃないか。強がりはおよしよ!」
「んん…手厳しい」
おねねの言う通り、頬や耳は紅潮し、色素の薄い双眼は潤んでいたが、受け答えや声色は何ら変わりのないいつも通りのもの。
いつも通り、といっても彼女がこの城にやってきてまだ日が浅く、その調子が本来のものであるのか、それとも自制によるものなのか判断がつけがたい。
なんせに関する情報がないのだ。
それ以前の情報はいくらか入手しているが、如何せん同一人物と思えないほどの別人格。
「そりゃあ、だって…」
「私としては、おねね様や皆さまがご無事だったことがなにより一番ですから!」
このくらいお安い御用なのです、とまで言い切ってしまうと流石のおねねも眉をハの字にしてを見つめ返すことしか出来なかった。
おねねの代わりにが媚薬を煽ったのは言うまでもない。
相手もちょっとした出来心だったのだろう。
今ではもうこの城内どころか門すらくぐることすら出来ない身となっているから当面の心配は無用だが、本当に心配なのは毒と知り煽ったというのに顔色一つ変えずに振る舞い続けたのはの方。
相手の顔が段々と青ざめていき、終いには脱兎のごとく客間を飛び出していったのも記憶に新しい。
どうしたことかと皆で首をかしげていたのだがの
『 あらあら、この味この匂い。…やはり薬にございますねぇ 』
と言い放った言葉からその場はまるで時が止まったようにぴしゃりと固まった。
事実確認との状態の経過観察の意味も込めて別室にうつされ今に至る。
大事を取って、大量の水で薄め、本人毒抜きをしていたが、本当の意味で毒を抜かれたのはこちらの方だとおねねは言いたかった。
(さてこの状況、どうしたもんかねぇ)
おねねは腰に手を当てたまま、目の前で同じように膝を揃えて座る彼女をじっと見つめた。
両目眼帯姿の彼女はすんとした表情のまま小首を傾げてみせる。
埒が明かないとおねねがさじを投げようとした時、襖がすっと開き、そこから救世主が顔を出した。
「失礼しまーす」
「来たね、半兵衛。待ってたよー!」
「あらあら半兵衛様までご足労を」
「っと、先にご報告。例の“お客様”は若い衆を中心に丁重にお見送りしてきましたのでご心配なく。…体は平気?」
半兵衛は言葉だけはふざけたそれだが、声色だけは欠片も茶化すことなくおねねに業務連絡を行う。
その言葉からにじみ出て仕方がないのは「お客様」という言葉には不釣り合いなほどの興味の薄さ。
業務を淡々と作業的にこなすその節々に心配や余裕のなさが含まれており、半兵衛は険しい顔を崩さないままと目線を合わせた。
(半兵衛、あんた変わったね)
おねねは彼の彼女へ向ける真剣な眼差しを見て思う。
戦略の為なら上手く立ち回り自分を殺す振る舞いなど何度こなしてきたかわからないというのに。
目の前のソレは、どの戦場でも見ることのないただ一人の想い人を心配する男の顔に違いなかった。
「お陰様でこの通り!いやはや、毎度ご心配おかけしております」
「もう聞いとくれよ、さっきからずっとこんな調子でね!」
「うん、なるほど。これは俺の聞き方が悪かった」
頭を抱えたのも一瞬の事。
の様子を観察しながらも頭の中はフル回転しているのだろう。
彼女の様子と受け答えにいくらか安堵したのか、半兵衛は盛大にため息をつくといつもの調子でニヤリと笑った。
こうなってしまえば今孔明、竹中半兵衛の独壇場である。
「じゃあ聞き方を変えるよ。今確認できる体の症状言ってみて?」
「…?舌先の痺れ、若干の呼吸の乱れ、脈拍と体温の上昇の3点が僅かに」
「いつ頃抜けそう?」
「どれも明日朝には抜けるかと」
「何の毒だったか見当つく?」
「植物性のかな。粉末にでもして飲み物に混ぜたのかと」
「どうしてわかるの?」
「“”の時に毒に慣らすために摂取したものと味も香りも相違ないから」
「そう。じゃあ――俺やおねね様が同量摂取した場合それは“平気”?」
「…」
は質問の意図が分かったのか押し黙った。
物言いや立ち振る舞いから、幼い印象を与えがちであるが決しては無知でも愚かでもない。
しかしそれを上回るほどの半兵衛の策はまるで誘導尋問のよう。
「否」
「うん、そうだね。が毒に強くて慣れてるのかもしれない。けどそれが苦しみを伴わないわけじゃないでしょ」
「…」
「我慢出来るから平気なのかもしれないけど、もしそうなのだとしたら俺も、勿論おねね様もその平気は嬉しくないよ」
かつての――闇の世界を生き抜いたとしての隠密時代が彼女の中で根強く残ってしまっているのは火を見るよりも明らかだった。
心は時間の経過とともに解れたとしても、当時のちょっとした経験や感覚といったものは中々修正がきかないもの。
半兵衛と「嘘をつかない事」という契りを交わしているに、彼は時折こうやって具体例で持って道を示した。
納得した?と問う半兵衛には真っすぐな視線を向けたままこくりと頷いた。
「ってなわけでねね様、大事を取って数日は静養って事で」
「うんうん勿論だよ!半兵衛、後は頼めるかい」
「はーい。おっまかっせくださーい」
調子のいい返事で半兵衛は答え、の手を引きその場をあとにした。
来る時とは打って変わってやけに機嫌がよかったようなそうでなかったような気もするが、の知るところではなかった。
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