(2019.2.1)
独占
からんころん。
組玉同士がぶつかり合って奏でる音が耳に心地よい。
見慣れない道具と数種類の糸たちを鼻歌交じりにするすると操っていく様子は目を奪うものがあり、初めの頃は時間も話すことも忘れて見入っていたのをふと思い出す。
器用に指先で糸を操っては組玉をあっちへこっちへと移動させていくうちに出来上がっていくなんて不思議で仕方ない。
見ているだけで目が回りそうだが、やっている本人は案外手を動かしながらでも会話は平気なようで余程の事がない限りは何時間もこうやって糸をいじって楽しんでいる。
「さっすが秀吉様が惚れ込んだ組紐職人だけの事はあるね」
「職人だなんてそんなとんでもない!こんなの母の真似事の域から出ませんから」
「まったそんなこと言って。ずっと見てたいくらい」
「…半兵衛様のお仕事の手を止めさせていないといいのですが」
「大丈夫!常に動かしたくないなぁって思ってるから」
「あらあら」
からん、と木がぶつかり合う音。
は手を止めることなく忙しなく動かし続けたまま、ちらりと彼を見やる。
時は昼間。
処は書斎。
彼は漆黒の瞳での動き一つ一つを物珍しそうに見つめて楽しそうにしていた。
「官兵衛さまに叱られてもは知りませんから」
「大丈夫、それも日常茶飯事」
「あぁ、官兵衛さま…お気の毒に」
くしゃみの一つでもしているであろう同い年の彼を思いは眼帯の下で遠い目をした。
悪びれた様子のない彼は相も変わらず毒気がなくて仕方がない。
こんなだが、彼の願う寝て暮らせる世、を戯言だなんて思ってはいない。
寧ろ彼ならばやってのけるのではないかと期待しているほどだ。
そんな未来の為に馬車馬のごとく働くかと思いきやそうではないのが竹中半兵衛という男。
「…他の男のこと考えない」
「考えてませんって。それに、半兵衛様ですよ?がここでお仕事をすれば仕事が捗るかもしれないって言われたのは」
「捗る“かも”ね」
「…失礼いたしました」
「はーい、拗ねなーい」
作りかけの組紐セット一式を抱えて襖に手を掛けたところで、くすくす笑う声が背中に飛ぶ。
それから「冗談だよ」という優しい声。
手招きをする彼はにっこりと悪い笑みを浮かべているが、その笑みにははその悪だくみに気づきながらも付き合ってくれることを理解してのそれだから性質が悪い。
「もう少しだけこうさせてくれたらちゃんとするから」
「本当ですか?」
「ホント。しばらくぶりに帰ってきたんだからさ、ちょっとくらい堪能したっていいと思うんだよね」
「堪能?」
「言わせる気?」
変なところ勘が良いくせしては色恋事についてやや鈍感な節がある。
はじめこそは訳ありを気にして遠くから揺するに徹していたが、天然物の鈍感ちゃんと気づいてからは言葉選びを辞めた半兵衛。
知識はある癖に自分への好意に疎いのは昔の職業柄であろうが、繰り返し伝えていくという半兵衛の影の努力が実り、ようやく相思相愛という間柄にまで実を結んだのが今。
今では身振りひとつで彼女は半兵衛の意図や欲している言葉、行為を理解するまでには成長した。
流石に手を止めて半兵衛の隣にちょんと座るに、満足そうな半兵衛は笑った。
「をひとりじめしたい」
耳元に唇を寄せて囁くように言う。
耳が弱いは「わっ」と肩をびくりと震わせたが腕を捕まえて逃がさない。
確信犯。
そのままかぷりと耳たぶに歯を立ててみると、ちょっとした抵抗の声、胸を押し返す手。
ちょっとからかいすぎたかな、とも思うが度重なる軍議、遠征のおかげでこちとら半月ぶりなことをここに明言しておきたい。
言葉通り、片時も忘れることはなかった。
彼女が編み上げた組紐のお守りを見るたびに彼女の声が、笑顔が脳内で再生されて「早く戻らなければ」という思いが彼の頭をフル回転させた。
1ヶ月は見ていたものが約半分にまでに短縮されたのは彼の功績によるものなわけだが、帰ってきて一番に顔を見せた彼女は良くも悪くも“いつも通り”の彼女でそういう意味では期待を裏切らなかった。
(なんか俺ばっかり、って思っちゃうじゃん)
そんなことはないのだと、力の抜けた彼女が自身の肩に頭を預ける姿を見て確信する。
散々意地悪をした後で「ん?」と甘えた声で彼女の髪を撫でてやると、は恥ずかしそうに顔をすり寄せてきた。
確信犯。
予想通りの彼女の反応にいちいち安心して、心を満たしていく。
「はいつだって半兵衛様のものですよ」
「………」
ねぇ、これって据え膳?と脳裏で問いかける。
返答がないことをいいことに、半兵衛は「へぇ」と、ぺろりと唇と舐めるのであった。
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ぽちり