ティナ















 こがれ















「――」




背筋を凍らせる痛みに奥歯をかんだ。


眉根は一気に縮まり強く閉ざされた瞼からは僅かな涙が沁みた。


指先は必死にシーツを掴む。


堪えている痛みを表すかのごとくぐしゃりと皺がよっていた。


ベッドに顔を埋めてはまた声を押し殺している。


そんな彼女をまたぐように上に乗っている人物が


不安そうに顔をゆがめ、


指先の動きをそれに合わせて止めた。



「痛い?」


「…どうだろ、」


「続ける?」


「お願い」




わかった、と彼女は言った。


それから両手のひらを重ねて今までと同じようにの背中に触れた。


素肌の感触が手のひらに伝わる。


しかし彼女が背中に感じているのは苦痛なほどの痛みだった。


腫れ物に直接剣山(けんざん)を押し付けられているような痛み。


ティナはできるだけゆっくり、少しずつと治癒魔法を繰り出していった。


背中に浸透していく光。


再びは悶えた。




「きっと、カオスの近くにいたせいだわ」


「…、」


「前に見たときよりも、酷くなってる…」




ティナの言葉がさすのは背中の黒い傷。


傷、否、痣のようだ。


黒い傷跡のようなそれが、ちょうど心臓の真上のあたりから


身を汚していくかのごとく広がっている。


闇の力。


光と正反対に位置する属性。


つまりは。


光を持つにとっては諸刃の剣。


侵されつつあるのだ。




「…ごめんね、ティナ…」


「ううん、いいの。頼ってくれるのはうれしいから」


「…、――、」


「もう少しで全部浄化されるよ」




がんばって。


ティナの言葉には無言で頷く。


触れている背中が、熱い。


ティナの手からあふれているのはケアル特有の淡い光。


それなのに。


反発する力をじかに感じているにとっては痛みにしか思えない。


しばらくこの作業を続け、完全に黒い痣が掻き消えたときティナが安堵の息を吐いた。




「もう大丈夫よ、


「…ん」


「……」




起き上がろうとして、不可抗力で再び沈んだ。


うー、という呻き声は今までのような苦痛の色を含んではいなかった。


ティナはそっとベッドから降りてそばにかけているイスに座る。


そして床に無造作に放り出された衣服をまとめておく。




今思うと。


自分の下へ駆け込んできた彼女はかなり顔色が悪く俯きがちだった。


声だってか細くて微塵な物音にさえもかき消されてしまうほど。


その様子を見て「また」と思ってしまった自分。


それは彼女が、無茶をした証であり、頑張った証。




「悔いているの?」


「…ん?」


「手を、掴めなかった事」




ティナの言葉にはダンマリする。


ごろりと寝返りを打って疲れた雰囲気をまといながらティナをそっと見上げた。


褐色の瞳。


伏せ目がちだった。




「そうかもね、」


「……は頑張ったわ」


「でも、掴めなかっただろ?」


「……」


「…ごめん。責めてる訳じゃないんだ、ただの、八つ当たり…」


「わかってる」




長い付き合いだから。


ティナは穏やかな表情だった。


少しずつからだの自由が利くようになってきた


とりあえずティナから衣服を受け取った。




「また、は手を伸ばすの?…彼に」


「とめる?」


「とめたって、聞かないでしょ?」


「ご名答」




上半身だけを起き上がらせて、時折ふら付きながらも袖を通す。


シャツのボタンを華奢な指で留めていく。


ティナはその様子を静かに見ていた。




「アイツが破壊を繰り返すのはきっと…自分の壊れた心を補うためなんだよ。


 幻獣から取り出した魔導の力はアイツの身体には強力すぎた。


 肉体は内側から損傷し、蝕んでいく。そして、心を壊した。


 アイツの力の中にはきっとティナの父さんや、僕の母さんの力も含まれていると思う。


 …。やっぱり、捨てられないよ。


 どんなに酷いことをされても。どんなに伸ばした手を振り払われても。


 僕は馬鹿だから何度だって手を伸ばすよ」




幼いころの彼は優しかった。


独りだった自分に微笑みかけ、ずっとではないもののそばにいてくれた。


彼が仕事ではない日には部屋で本を読んでくれたし、“外の世界”の話もよく聞かせてくれた。


怖い夢を見たときは安心して眠れるように手をつないでくれたこともあった。


守ってくれていた。


全ての柵(しがらみ)から。


全ての批判から。


自分を。


それなのに。


彼は壊された。


それは。


僕の中にも流れる力によって。


幻獣の力。


心を蝕む、凶器。




「大好きだものね」


「…、さぁね」


「ふふ…」


「……。僕もうこのまま寝るよ。皆には…適当に言っておいて」


「ジタン君にも?」


「………。“皆には”」




笑みを零すティナ。


照れ隠しのはにかみ顔。


シーツをめくりあげて自分に見せないようにした。


ティナは彼女の頬にキスをしてから「おやすみ」とつぶやいた。


扉を開けて外に出る。


廊下の光が暗い部屋の中へと差し込む。


その影の中にはティナともうひとつ、尻尾のかげがあった。














(なぁティナ、…大丈夫だよな?)


(うん、大丈夫だよ。少し疲れたんじゃないかしら?今は眠っているわ)


(…そっか!疲れてるなら、起こしちゃ悪いよな)


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