クジャ&の「咎人五題」














 とがびと













「おや?死神さんのほうから来ていただけるなんて」




交友的な口調。


皮肉気味に言えば猫なで声の人を小ばかにしたようなもの。


彼は敵を作らない人懐こい笑みを浮かべてみせた。


僕は知っている。


こういう笑い方をするやつほど、性質が悪いということを。




カオス組みの中で一番といっていいほど温厚で


絶やさず笑みを浮かべている人物。





中性的な容姿で男にしてはあまりに華奢なものだからこの面子の中では


酷くひ弱に見えてしまい、一部の“仲間”からは


邪魔者扱いまでされている彼。


けれど彼は動じない。


まるで見えていないかの如く、風に泳がせているといった風だった。


無視をしたり拒絶するというわけではなく


ただ笑っては、その場をやり過ごしていた。




「君を見ていたら、虫唾が走るよ。何故やり返さないんだい?」


「やり返す…?あぁ、さっきのエクスデスさんの事ですか?」


「…そういう“さん付け”口調にも一々癇に障るね。


 君は僕の神経を逆なでして楽しんでいるんだろう?」


「まさか」




は静かに言い放った。


先ほどエクスデスに何か言われた時よりは落ち着いた口調だった。


緊張感がない。


おそらく今の僕からは殺意が感じられないからだろう。




「興味がないだけですよ。


 エクスデスさんも、無の世界も、神々の闘争も、この異説にも…」




傍観的に言って彼は目を細めて凛とする。


嘘じゃない。


けれども本当のことは言っていない。


そんな言い回し。


口元の笑みが消えていないのが何よりの証拠。


そんな所には少し興味が引かれた。


言葉とは裏腹に心自体は彼に引き寄せられていた。


でも、いったい彼のどこが…?




「じゃあ、君の興味あるものはなんだい?」




会話を合わせてみた。


ただの退屈しのぎの気まぐれ。


は少し首を捻ってから


妹かな、とお兄さんの微笑をこぼした。









 [ 報いを受ける覚悟は出来ている ]









エクスデスからの言葉は忠告に近いものだった。


世界無を望む彼にとって不要なものを持っている僕が目障りだったのだろう。


僕はにこにこと微笑みながらそれに少しだけ耳を傾けていた。


けれども意識は遠い何処かへ。


…あぁそうだ。


思い出した。


あの僕は昨日見た夢を思い出していたんだ。


ふわり、


金木犀のような甘い香りが懐かしく香る。


ふわり、ふわり…


片割れが出てくる夢。


最近は毎晩のように見えている。




(忘れるなって言いたいのかねぇ…)




皮肉気味に内心呟く。


夢に出てくる彼女へと。


妹へと。


へと。









 [ 毎夜夢見る地獄へ ]









彼女が夢に出てくるようになったのは目覚めたそのときからだった。


生まれてからというわけではないがある意味そちらのほうが正しい表現。


カオスの力がこの身に宿り、この世界に召喚されてから、ずっと…




―― 待って、待って、置いていかないで。




僕の背中に彼女の声が響く。


本気で自分を追い求めている声。


何かが混沌に支配されているはずの自分を揺れ動かす。




―― お願いだよ、兄さん、もう僕を




耳をふさいだ。


なんだか嫌だ。


この感じ。


胸がざわめく。


焦りが迫ってくる。


自分は何かしなければ行けないのではないか?


でも何を?


…わからない。




―― 一人にしないで




あぁ、僕はまた君を突き放す。










 [ (何もかもあんたのせいだ) ]









「皮肉だねぇ…双子同士で戦いあうなんて。傑作じゃないか」




僕は可笑しくて溜まらなくなって、クスクスと笑いをこぼした。


不快に思うかと少し気を使ってみてみれば


彼はやっぱり悟ったように目を細めてニコニコとしたままだった。


それは少し、面白くない。




「自分の片割れなんだろう?いいのかい?」


「いいって?」


「この異説のことさ。…まぁ僕にとっては愉快すぎてたまらないけれど」


「………」




少し空気の色が変わった気がした。


例えるならホワイトの画用紙に一滴のしずくが落ちた感じ。


色は付いていない。


無色透明なただの水だ。


それなのに。


それはじわりと染み渡り広がっていく。




「なんなら、僕が君の妹の息の根を――」


「――殺されたいか?」


「!」




ざわりと肌があわ立った。


彼がはじめてみせる“怒”の感情。


そしてそれに含まれる微量の殺意。


本気だ。


嘘偽りのない真実。


蛇に睨まれた様に僕は黙り込んでしまったほど。




「アイツを手にかけるのは僕だ。他の誰にも譲らない。


 僕以外のヤツがアイツを傷つけることは許さない。


 ――そんなヤツ、僕が殺してやる」




例えそれが神であろうとも。










 [ ゆるやかに落下する ]









は何も言わずに立ち上がった。


そしてゆっくりとした足取りで歩き始めるからクジャは「どこに?」と思わず聞いた。




気を損ねてしまったのだろうか。


彼の勘に触ってしまったのだろうか。


妹のところに…行くのだろうか。




気づけばクジャの視界には彼が入り込んでいた。


それは変な意味合いではなく、ただ、自分ひとりだった世界に彼が入り込んできた。


そんな感じだった。


世界が少し彩る。




「いっしょにデートでもどうです?」


「……僕にそんな趣味はないけど」


「いやいや、変な意味ではなくて。…さっきのお詫びに」




は少しだけ振り返ってぎこちなく微笑んだ。


あどけない、子供っぽい笑顔。


クジャはやれやれといった風に立ち上がって付いて歩く事にした。




「本当に癇に障るねヤツだよ、君は」




彩る世界に、しょうがないから君も入れてあげるよ。









 [ 償う術はただひとつ ]














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