きみと、 28
見過ごせない、事実。
心を映し出してくる鏡のよう。
潰されてしまいそうになる――
小さく、短く続く詠唱だけが鳴っていた。
消え入りそうな意識の中でまだ紡いでいた糸。
繋ぐもの。
の背中に温かいものが触れた気がした。
コスモスの手の平だと気付くまで相当な時間がかかった。
温かい何かが、自分の中へと流れてくる。
満ち溢れてくる。
それに――気をとられたんだ。
「あ!」
ジタンが叫ぶ一瞬の刹那。
カオスの爪が肩を抉るようにしてを吹き飛ばした。
華奢な身体は抵抗を許さぬまま仲間たちの下へと払われる。
地に叩きつけられて、視界がブレる。
一気に現実なのか白昼夢なのか分からない世界へと意識が飛ばされた。
肩に深く残る傷跡からじわじわと侵食してくる“ソレ”が身を犯していくのが感じる。
体のうちから溢れ出して、地面をそっとぬらした。
闇の力だ。
光の力を持つ自分が最も恐れるべき存在――
『あなたたちは――真の闇に堕ちるのです』
『彼らが知るべきは真の闇』
コスモスの言葉が蘇ってきて最後に彼女が微笑む姿が見えた。
全てを決心した微笑が瞼の裏に焼きつく。
コスモスは振り返るのをやめると同時にカオスが生み出した炎の檻の中に閉じ込められる。
炎の柱が一気に凝縮し、中にいる存在を消滅させるまで時間はかからなかった。
「コスモス!」
「くッ!」
スコールとフリオニールも目の前の光景にただただ目を奪われるだけだった。
こんなときに限って身体がいうことを利かない。
容易に想像できる結末を、ただ身ながら迎えることしかない。
己の無力さを、現実を、叩きつけられる恐怖。
絶望――
炎が消えて、僅かな光が天へと昇っていく。
コスモスは、完全に消滅してしまった。
それは。
この世界から。
調和が消えた、という事。
「世界は不変だ」
混沌の神が言う。
無慈悲な声だった。
「無力なる者どもよ絶望の闇に沈み――消え去るがいい」
は意識を手放す狭間に一筋の涙をこぼした。
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ジタンが背中を地面につけたまま動かない彼女の元へ駆け寄り、表情を歪めた。
明らかな一刻を争う状態のにジタン歯を食いしばり、
意識を手ばなしている彼女へ何度も何度も名前を呼び続ける。
「!…ッ!」
がくんと自分の胸へと頭が傾いて、長い前髪が表情を覆い隠した。
肩の深い傷がいやでも目に入る。
純白の聖服に際立つように真紅がしみこんでいっている。
血はまだ止まっていない。
血の臭いが消えないのもそのせいだろう。
ジタンは何もできなかった自分を食いながらも、思考回路は止めなかった。
彼女が大事にしていたリボンを解いて傷口にあてがう。
抱きしめているせいで自分の衣服が汚れてしまう事なんか、お構いなしだった。
構う余裕なんて、なかった。
「――!」
ほう…と彼女の体から光が溢れ出した。
体の周りを包み込み、光が強まったかと思うと存在そのもの掻き消えた。
ジタンは驚きを隠せずに目を見開く。
たった今まで腕の中にいたが消えて呆然としている最中、
ティーダが声をあげたかと思うと同様かき消されてしまった。
動揺を見せる全員。
後を追うようにして全員の体も光に包まれた。
「神々の闘争は終わった。主を失った駒は闇に消え去るさだめ」
エクスデスが楽しそうにそれを見下ろしていた。
隣にいるケフカもご機嫌に笑っている。
消えかけの戦士たちを指差して甲高い声で言う。
「まぁ当然の報いだね。コスモスを滅ぼしたのは――お前たちなんだから!」
「なんだと!?」
ジタンが問い質そうとした次の瞬間彼自身も消えてしまう。
後を追うようにスコール、クラウド、ティナ、バッツへと続き、
セシル、オニオンナイト、フリオニール……
気がつけば地に這い蹲っているウォーリアが残るひとりとなってしまった。
あたりのどこにも仲間たちの姿は見えない。
気配も、感じない。
存在を消されてしまったのだろう。
そして、自分ももうじき――
「残酷な真実を知る前に消えた方が――幸せだよ?」
「……」
「案ずるな。お前たちが消えた後で――世界も無に還してやろう」
最後に笑い声が耳に残っていた。
瞼が次第に降りていき視界は暗転する。
そこには一筋の光も許さない漆黒の闇が広がっていた。