確かな存在、不確かな記憶















「アンタは自分の大切な人間が助けを求めていたらどうする?」




初めて会って、自己紹介も何もしてない彼の


第一声はそんな質問だった。


期待を含まないただ聞いているだけという風の視線を、


自分へと向けてくるそいつには珍しく


こいつとは関わりたくないな。


と思った。


自己防衛だろうが、なんだろうが、の知ったところではない。


ただ。




「さぁ、その時にならないとわかりませんね」




皮肉を含めて言ったつもりなのに、


彼はいやな顔をするどころか急におかしそうに笑い出して、


満足げに微笑む。




「同感だ。おっと、自己紹介がまだだったな。


 俺はクオル・ノールヘイム…


 …まどろっこしいのは嫌いだから呼ぶときはクオルでいいぜ」




はは、と笑みをこぼすそいつは…もといクオルは


大人びた雰囲気とは真逆で柔らかい、交友的な口調で


に言葉を投げた。


はぁ…とはため息をつかざる終えない。


どうもこのタイプの人間は苦手だ。


表情と心情が見事に違っているせいで、


目に取れる“理解”は難しい。


表情の微妙な変化で心情を察するにとっては、


これほどやりづらい相手はいないだろう。


しかも今回そいつが…


否。


クオルが自分の隊長に抜擢されたのだから、


は少し複雑そうだった。




「ほら、アンタも」


「…何でしょう?」


「名前だよ、アンタの名前。俺は名乗ったんだぜ?」




ははっとなり慌てて名乗る。


の名前ではなく、


兄のの名前で…




だな?…ま、これからよろしくな、




屈託ない笑顔で手を差し伸べたクオル。


この帝国で久しぶりに見た表情だった。


それがなんだか懐かしくて。


同時にちょっと複雑で…





こういう人間は、嫌いだ。









 +









クオル・ノールヘイムはの隊長として指揮をとっていた。


この話もが隊長になる前の話しなわけだから


少なくとも4年は前のたしか年が16のことだった。


クオルは19という若さながら帝国でも将軍クラスの実力の持ち主だ。


魔導の力はもちろん、剣術ともに体術。


何より頭の機転が利いていて、


部下からの信頼も高かった。


魔法に頼りがちだったに体術を教えたのもクオルなのだ。




「――はぁっ!」




ハンデとして許可されているナイフが


風切音を放つ。


逆さにもち、なぎ払うように向けられたそれをクオルは、


腕を払うことで回避する。


表情は始まるときと変わらずに何かたくらんでいるような面持ちだ。


そのことには刺激される。




「いい加減本気を出されてはどうですか、隊長」


「…ならアンタが出させればいい。まぁ、できればだが?」


「……!!」




払った腕を握ったかと思えば、そのまま有無を言わせまいと振り払われる。


目を見開くはその力に逆らうことができずに、


体ごと投げ飛ばされてしまった。


やっと地に戻れたかと思うとそれは足からではなく背からで、


はしばらく痛みに苦しんだ。




「少し動きが雑なんだよ、アンタは。無駄も多い。


 …後、隊長じゃなくてクオルな、クオル」




回りくどいのは嫌いなんだ。


とはき捨てて、種を返そうとするクオル。


立ち去ろうとするそれをは見逃さない。




「…どこ、行く気ですか隊長……」


「…クオルだって。それにどこに行こうが勝手だろうが…」


「僕の稽古、まだ終わってませんよ!隊長」


「………」




盛大にため息をつくクオル。


振り返る地べたに這いずるの下に歩み寄り


目線を近くするようにしゃがみこんだ。


そっと頭に手を置く。




「あのな、休むことも修行なんだよ」




寝てろ。


言うが早いかクオルは




… スリプル …




と呪文を唱える。


二言目を紡ごうとしたが強制的に制された。


視界が閉ざされていき、意識の糸も切れる。


自身の腕の中に倒れこむ


軽々と持ち上げて、クオルは立ち上がった。




「よっと…」




横抱きに抱えると、たれた頭が胸元に触れる。


あまり強めにかけたわけではなかったのだが、


こうもすやすやと眠ってしまっているところを見ると、


疲れていたことくらいは誰でもわかる。


それをまるで愛おしいものを見るような眼差しで見下ろしたかと思えば、


次にはふいと視線をそらして見せるクオル。




「アンタは似てるからな。…だから嫌いになれないんだぜ、きっと」




ベットへとゆっくりとおろして、クオルはつぶやいた。


短髪をさらりと撫でて口元を緩める。


背中のほうから声を聞くまで、ずっとその行為を続けていた。




「妹さんの実験…成功したらしいですよ…」


「そう、か。報告すまない」


「…。ずいぶんと落ち着いていらっしゃいますねぇ?」


「そうでもないさ。やらなければいけないことが山ほどあって、


 最近は忙しいからな。…まぁ、優秀な部下がいる分まだ楽なほうか?」




勘ぐるようなケフカの視線を感じ、クオルはわざと話の路線を変える。


少し気を悪くしたのか、ケフカはフン、と鼻を鳴らすが、


悪戯を思いついたのかにやりとして見せた。




「そういえばあの子とあなたの妹さん…ずいぶんと似ていらっしゃいますね」




その言葉にわずかながらもクオルが反応する。


それを見逃すケフカではない。


けっけっけ…とたくみに微笑んだ。




「何が言いたい?ケフカ」




苛立ちを含ませ、クオルは短くそういった。


返答によってはこの場で一悶着起こしそうな雰囲気を漂わせて。


少し間があったのはきっとケフカが言葉を選んでいたからだろう。


表情を見るに、少しつまらなそうだ。




「いえ、ただ…









 似ていることを理由に好きになってはいけませんよ?


 これは私からあなたへの忠告です」









フン、と鼻を鳴らすケフカ。


マントをバサと音を立てながら種を返す。


はき捨てられたその言葉に、クオルは一度目を見開き、


寂しそうな表情をしながらほう、と息を吐いた。




「そりゃあそうだ。こいつは貴重な存在…


 俺みたいな穢れた虫がつくのは困るってわけか」




自覚はした。


知ってしまった。


けれど…




『 これは私からあなたへの忠告です 』




もう自分は先を進み始めている。














続きます。

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