クオル














 消された日々に決別を














温かい匂いがした。


自身の肌にじかに触れる布の感触。


そろそろ目覚めたいな。


意識が彷徨う。


段々と近づいてくる。


それと同時に感覚も戻ってきた。




匂い


クリア





クリア


温度


クリア


感覚


クリア


意識


クリア




視界









クリア









「――、い―…やぁぁああぁああああ…ぁぁぁぁぁああああぁぁ、あああああっ!!!」









最後の断末魔が波紋を軌跡する。


途切れた声は誰へも向いてはいない。




「――ち、がっ―、ふ……―こんな…――ああぁぁあ!!!」




現実を遠ざけようと足掻く。


抗い、懸命に手を伸ばして救済を求める。




「―――、―――………」




なんて、と彼は思った。




なんて、儚いのだろう


なんて、弱いのだろう


なんて、残酷なんだろう


なんて、非道なのだろう


なんて、華奢なのだろう


なんて、愚かなのだろう




なんて、愛おしいのだろう




「お前は、温かいな」




鼓膜に響かせるように耳元で言う。


意識の混乱している今だからこそ


彼女との意識の時差を知りながらあえてゆっくりと言葉をつむいだ。


抱きしめる腕に力をこめた。


腕の中での抵抗は今もなお続いている。




「オレも、温かいだろ…?なぁ――




名を紡ぐ。


完全に開ききった彼女の瞳孔が元に戻っていく。


瞳に光が映る。




「心臓もさ、ドクドク言ってんだろ?なぁ、聞こえるよな?


「あ、――あぁ…、ぁ」




「生きてるって証拠なんだぜ?」




の抵抗がなくなった。


さっきとは裏腹にじっと、壊れてしまったと思わせるほどに静止していた。


ただそれでも視線は宙を当てもなく踊り、


唇は震えながら言葉を捜している。


クオルはこの世界では珍しい桜色の髪に指を通した。




『 アンタは自分の大切な人間が助けを求めていたらどうする? 』


「………、…」


「オレなら―――      見捨てない      」




抱きしめていた腕を解いて両手で彼女の頬を挟んだ。


しっかりと褐色の双眼を覗き込む。


少し揺れて、潤いを残しつつもはしっかりと見据え返していた。


その表情はなんともいえないものだった。


あどけない。


その言葉が一番しっくり来るだろう。


隙だらけのその表情は安堵を示す。




「ゎ、私も……見捨てないでくれますか?」


「――あぁ」


「あ……私、こんな事したのに――」


「見捨てない」


「取り返しのつかないことに……」


「見捨てたりなんかしない!!」









「ど、して……?」









両頬を涙で濡らす。


微笑しながらは呟いた。









「何よりも愛してる女の事――見捨てられるわけねぇだろうが!!」









健やかな光だ。




また一段と世界が明るさを増した。




それが嬉しくて、はあどけなさを残す表情で微笑んだ。




目を細めて、祝福を受け入れる。




とても、温かかった。




人の体温だった。




生きてることを実感できた。




そして、




その後のことは何も覚えてはいない。









 +









時がたつのは早いものだ。


あの時からもう既に2年がたっている。


ももう既に17になろうとしていた。


そんな今でも彼、いや彼女はソードを手にしている。


ただ、理由が変わった。




以前は命令に従うまま半ば強制的に握らされていた思いソードの柄。


しかし今は違う。


彼に出会って、少し考え方が変わった。




「隊長…………」





投げた言葉は誰にも届かずに落ちる。


その遥か先にいる人物はすでに行方をくらましたと聞いた。


それがちょうど2年前の今に当たる。





『おっと、自己紹介がまだだったな』


『俺はクオル・ノールヘイム…』


『まどろっこしいのは嫌いだから呼ぶときはクオルでいいぜ』


『隊長じゃなくてクオルな、クオル』




クオ、ル




口の中で呟いて目を伏せた。


生きているという確信はあった。


けれども肝心な彼自身の無事をこのもで見たわけではない。


は少しだけ唇をかんだ。


そして、




「さよなら、クオル」




ちゃんと、さよならをしようと思う。


いつまでも後ろにばかりは歩いてはいられないだろうから。




「隊長、帰還の準備は完了したっす」


「いつでも次の命令を」




二人の男女が後ろで敬礼する。


一人は少し長めのツンツンした金髪が特徴で


いかにも元気や体力がとりえといった感じだ。


名をヴァーユ・シュミット


そしてもう一人は……




「あぁ、わかった。船の手配すまない…ヴァーユ、トール」




ファーストネームをトールといった。


やや小柄で華奢なイメージのある少女だった。


表情はほとんど無に近く2年ほど付き合っている


そしてそれよりもっと長い付き合いになるらしいヴァーユにさえも


さほど大きな表情の変化は見せないらしい。


そんな素朴な雰囲気のせいで男の子にも見えなくはない。




「兵に伝えさきに乗船していろ。後から行く」


「「――はっ!」」




敬礼した時にトールの長い黒髪が揺れた。


後ろで一つに結っているそれ。


黒髪はクオルのものと変わらない色をしていた。


それもそのはずクオルとトールは兄弟なのだ。


は少し目を伏せた。




「少し、変な質問をする…。上に報告するつもりはないから気軽に応えてほしい」


「…なんっすか?」


「……」




二種類の反応を背中で受けは少しの間を置いた。


潮風が冷たい。


桜の髪をほどより撫でていく。


まるで、だれかが


「大丈夫だよ、よく頑張ったね」


とでも言っているかのようだ。




「 お前達は自分の大切な人間が助けを求めていたらどうする? 」




風に言葉を載せた。


きっとこの言葉達はさまよいながらも目的の人物達へと運ばれるだろう。





「そうっすね……そんときゃ――」


「見捨てません」


「………。同じくっすね」


「絶対に、見捨てたりしません」




は大きく目を見開いた。


二年前のあの時、彼に言われた言葉だった。


抱きしめられて、大きな手が優しく撫でてくれてて


そっと安心できたあの時。


は目を閉じて二人にありがとうといった。









さよなら、


さよなら、


さよなら、クオル




今までいろいろなことを貴方から教わりました


武術を初め、


休むことに大事さ、


文字の書き方、


そのほかのたくさんの知識も一緒に、




さよなら、


さよなら、


さよなら、クオル




もう会うことはないでしょう


これでこの手紙も終わりにしようと思います


この言葉を最後に、








今度いつか会えるのならば


















の名前で会えることを願っています。




























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