翼を持つもの















だれか、手が空いているものはいないか?


と、問われ…ゆっくりとその腰を持ちあげてから数時間。


はセッツァーとともに、飛空挺の整備をしていた。


ほとんど雑用のような作業だが、は文句ひとつ言わず


…顔色一つ変えずにセッツァーの指示に従っていた。




「ここを、こうして……、そこの工具とってくれないか…?」


「…ん」


「サンキュ………。…、悪いな」


「39回目」


「…。」




一瞬のフリーズ。


はセッツァーの反応が思い通りだったのか、


くくっとのどを鳴らすように笑う。


彼女に悪びれた様子はない。





「何、今日は暇だったからな…別にいいさ」


「…悪ぃな」


「ククッ…40回目だぞ?


 それに、こいつには普段世話になってるからな。


 別に悪い気はしない」




両手についたオイルをタオルでふき取りながら口角を持ち上げる。


そんな彼女にセッツァーは両手を肩の高さまで持ち上げて、


やれやれと肩をすくめた。




「これで終わりか?」


「まぁ…そうだな。




 、ひとつ変なこと聞いてもいいか?」


「……………なんだよ」




後半、ほんの少し声のトーンを下げて言うと、


明らかに警戒したような声色でが返事をする。


セッツァーは一言、ついて来いというと、


がついてきていることを確認してから、飛空挺の中を歩き出した。




…向かった先は甲板。




「堅い話か…?」


「いや…そんなんじゃないさ。同じ“翼”を持つものとしてちょっと聞いてみたいことがあってな」


「“翼”、ねぇ…」




発進させてはいないものの、その見晴らしはいい。


空は澄み切った青が一面に広がりを見せていて、


ふわふわと浮かぶ雲がくっきりと白を主張している…


海が近いこともあってか、潮気を含んだ風がの桜色の髪をさらさらとなでた。




「空を飛ぶことについて…、はどう思う?」


「…世界一のギャンブラーともあろう奴がそんなことを聞いてもいいのか?」


「…かもな」




なんだそれ…


はセッツァーの言葉の矛盾を笑う。


一通り笑った後、そうだな…とほんの少し考えるような姿勢を見せた。




「半分は楽しい…かな。


 空を飛べるんだぞ?空は何処までもつながってるからな…、


 何処までも飛んでいける…」


「…。


 じゃあ後の半分は?」



「怖い、だろう」


「こわい…?」


「いつ落ちるか分からない。突然翼が折れてしまうかもしれない」




落ちたら即死だぞ?


は冗談めいたように言う。


その口調は話の重さを和らげるようだった。


一通りの話を聞いて、セッツァーはふ…と言葉を漏らした。





「同じような事を…彼女にも言われたよ」


「…いたのか?…彼女」


「昔の…話だがな」


「へぇ…。で?アンタはどうおもうのさ?」


「…まだ…、わからない」


「…そ。まぁ、参考になったのならいいけどな」




セッツァーはゆっくりと飛空挺の中心部…


舵に手を添えた。


それと同時に、にっ、と口の端を緩めた。




「おいおい…仲間を置いて飛ぶ気か?」


「なら、お前が見張っていればいい」


「ちょっとまてっ!!それだと、僕まで怒られるじゃないか…!」


「たまにはいいだろう…。


 同じ“翼”を持つもの同士…」


「………………。


 はぁ…10分だけだぞ?それを過ぎたら一足先に戻らせてもらうからな。」


「ふ…俺様から逃げられるとでも思っているのか?」


「やってみないとわからないだろう?」




すっかりその気になったは両手のひらを重ねるようにして、祈る。


魔力が変化したかと思うと、その姿を変えていた。




幻獣化する、身体。


羽化する、翼。




その姿は、天使。




「いつ見ても、綺麗だな」




セッツァーは機体を急発進させる。


それにあわせるかのように、が床をとん、とけった。









二つの翼を持つものが、晴天の空を仰いだ。














[翼を持つもの] 完
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