“あなたに微笑む”















長かった冬が終わり、季節は春へと移り変わる。


甘い花の香りを漂わせた、陽気な風が吹いて、


の意識はぼんやりとゆれた。


やがて狭くなっていく視界に入ったのは自身と同じ桜色の花。




「(あぁ、この甘い匂いはあの花から……)」




うとうとと誘う眠りの波にはそっと身を委ねた。










 +










の髪は桜色だな』




どこか幼さを残す男の人の声。


自分に合わせたゆっくりとした口調なのに、別に嫌な気はしなかった。


自身の頭をなでるように、髪をすくその女の人みたいな華奢な指。


なのにその手のひらは、私たちに大きな安心感を与えた。




大好きなお父さん。




―――… サクラってなぁに?


『桜っていうのは、の髪色と同じ色で、春に咲くお花だよ』


―――… …。…見てみたいなぁ…




何かをねだるようなの発言に、父は困ったような表情になった。


きょとんと父の返事を待つに、


父はふっとやわらかい笑みをこぼした。









『そうだね。がもう少し大きくなったら、一緒に見に行こうか…』










 +










「ようやくお目覚めだな」




皮肉めいた笑みを口元に浮かべながら、彼は起きたばかりのに声をかけた。


まだはっきりとしない視界の中に映るのは彼の持つ銀色の髪。


思わず目を細めたは、自分が寝てしまっていたことにようやく気付く。


やや乱暴に目をこするとぼぉ…としていた視界が段々とクリアになっていくようだった。




「お前な…ちょっとは緊張感を持てよ…。頼むから…」


「…何が?」


「…、女がこんなところで寝るなってこと!特に一人のときは!!


 ったく………襲われでもしたらどーするんだよ」


「…?」


「そこは分からなくても頷いとけ…」


「ぅ…うん、次から気をつけるけど…(襲われる…?)」


「春は変質者が多いんだよ(あんま分かってなさそうだな…。俺がちゃんと見てねーと…)」




多分分かってないだろうな…


と、の表情を盗み見て何かを胸に誓うロック。


まだ、なにか納得のいかなそうな表情を浮かべるに、


ロックは内心小さくため息を吐いた。




「…?


 …………………ちょっとじっとしてろ…」


「…え?」




呟くように言った彼の言葉に、は思わず身構えた。


ゆっくりとロックの手がへと近づいてきて、


額にかかっている前髪にそっと触れる。


はその時、体温が一気に上がったのを感じた。




「な…何だよ?」


「髪に花びらついてた。同じ色だったから今まで全然気付かなかったけどな」


「同じ色…?花びら…?」


「ほら、これ…。桜の花びら」




あそこに咲いてるだろ?…と


近くに咲いていた桜の木を指差す。


それはの父親から聞いていたそれに違いなかった。


は黙って桜の木を見つめる。


そんな彼女を見て、ロックが「そういえばさ…」と何かを思い出したかのように言葉をつむいだ。










の髪は桜色だな」










ゆっくりと…春を知らせる陽気な風が吹いた。




悪戯な風が桜の木を揺らして、無数の花びらが宙を舞う。




彼の言葉に父の声が重なって聞こえて、はふんわりと笑った。









「…桜の花言葉って知ってる?」


「…いや…?


 ………………………教えて?」









ロックは自身の唇を彼女の耳に近づけてささやくように言った。















[あなたに微笑む]  完 
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