最後の記憶














今日はとても気分が良かった。


ちゃんと日の光が部屋に差し込むのとおんなじ時間に起きた。


とても目覚めの良い朝だった。


めいいっぱい背伸びをして、起き上がる。


僕の両腕についている鎖がシャららと音を出した。


それはもう毎日の日課なので気にはしない。


それから立ち上がって、背伸びをしたら見える高さのところにある


窓から外の世界を見下ろす。


前のほうに見えるのは『帝国ベクタ』。


機械や煙の昇る煙突がいくつも見える。


けれど僕が見ているのはもっと奥の海と空。


紫と薄い黄色に伸びる朝焼け。


太陽が昇っていくにつれてどんどん青みをさしていき、


次第に完全な青色に染まる。


最近は端に見える小さな街に観光船が止まることはほとんどない。


毎日毎日こうやって唯一の旅船があるあの場所を見つめているけど


一向に来る気配はない、


レオ将軍曰く




「今や侵略国家となっているベクタに誰もが恐れているのだろう」




と少し悲しい顔をしていた。


僕もそれは何となくわかる。


誰も争いを求めてない。


誰もが平和を望んでいる。


ガストラ様やケフカ様にいえば殺されてしまうかもしれないけど、


僕はずっとずっと、小さな頃からそれを考えていた。


きっともそう考えて……


だから、行方を……




―― コン コン コン




「!どうぞ!」




扉をゆっくりと三回ノックする。


そんなことをするのは彼しかいない。


僕は嬉しくなって、外を見るのをやめて


扉の辺りまで少し走った。




「レオ将軍、おはようございます!」


「おはよう、君」




おいおい、今は将軍はよしてくれというので、


今度からはレオさん、と呼ぶことにした。


僕の視線はレオさんの小脇に抱えているものに釘付けだ。




「今日も本持ってきてくれたんですか?」


「あぁ。といっても今日は小説ではなく画集にしてみたんだが……」


「!!嬉しいです!」




そういってレオさんは僕の頭を撫でてから


僕に本を渡した。


本はいつもより少し重たかったけど


わくわくとした気持ちのほうが大きかったので


別に嫌じゃなかった。


部屋の広いところに来て床においてすぐさまその本を開いた。


そこにはいくつもの見たこともない世界が広がっていた。


(後から聞いた話だけどそれは、風景画、というらしい。)




「どの国がお気に入りかな?」


「え?これって全部本当に存在するのですか?」


「そうだよ」


「素敵です!」




僕は見たこともない新鮮な世界を取り込んで


それを一つ一つ忘れないように覚えていく。


古風な雰囲気のある城。


真っ白な雪山の炭鉱都市。


いくつかの漁船がある漁港。


いくつもの新鮮な世界を、ゆっくりと自分んの中に消化していく。


舐めるようにじっくり視線を這わす。


そして。




「…あ」




ひらりと捲ったページがさっと脳裏を駆け巡った。


思わず声を上げた僕の視線をたどって、


レオさんもその絵を見つめた。




「ん…?」




それは村だった。


質素な村だ。


ゆるりとした丘に家が数件立ち並んでいる。


遠くの景色には山や空、海や森と言った


自然が豊富に感じられる。


人々の表情はとても豊かで、


その村がとてものどかだと言うことがよくわかった。




「サマサの村が……気に入ったのかな?」


「………サマサ?」


「あぁ。世界の北東に位置する小さな村だ」




へぇ、と僕は相槌をうった。


どこかで聞いたことのあるような単語に


微かに眉をひそめて悩んだ。




「(こんな事言ったら変かもしれないけど……


 なんだか、とても………)」




懐かしい気がする。




そう考えて僕は首を振って本を閉じた。


静かにそれを見下ろして自分に言い聞かせる。




懐かしいなんて、そんなこと、あるわけない。


僕はずっと、ここで生きてきたじゃないか。


この息苦しいせまい地下室で。


この完全に世界に嫌われたこの部屋で。









この、一人ぼっちの僕と言う世界の中で―――









君―――」




レオさんが僕の肩に触れた。


それに僕ははっとなって、思わず笑顔で「すみません」と謝った。


心臓がドクドクとなって血管がそれに反応する。


じっ、と視線の高さを合わせて見つめてくるレオさん。


逸らせなくなる。


ごくりと息をのむ。


静止した時間。




「まだ、発作は起こるのかい――?」


「???」


「(無意識、か……)」




レオさんは表情を一度渋くしてから


僕の頭をわしわしと撫でた。


僕は首をかしげて問うものの、レオさんは応えてくれなかった。


僕はこのとき嘘を付いた。


「発作」という単語に心当たりがあるわけじゃなかったけど、


僕はほど強くないから、


全然、兄さんらしくないから。


だから都合が悪いと僕はできるだけ忘れるようにしている。


そうしないといけないって身をもって体験した。


ふと気がついたら記憶がなかったりなんてしょっちゅうだから。


それが、レオさんの言う発作ならば、


尚更――


…そのことを少し反省していると、軽いノックが聞こえた。


控えめなノックをするのはシド博士だ。


僕が「どうぞ」というとシド博士はゆっくりと部屋へと


入ってきて僕に挨拶をした。


レオさんを一度見て黙る。


するとレオさんはすこし渋い顔をしてから立ち上がった。




「そろそろお暇するよ」


「え…?もう?」


「すまないね。また本を持ってきてあげるよ」




そういってレオさんは僕を子供のように宥めた。


僕は少し不満だったりもしたけど、しぶしぶと頷いた。


これ以上迷惑をかけちゃ駄目だって思ったからだった。


目の前のシド博士の顔色が悪い。


何か思いつめたような表情をしている。


ゆっくりと首を横に振ってから僕の頭に手を差し伸べた。




「すまない、すまないな……」


「……??シド博士?」


「……私はこうするしか……すまない、君…」


「―――」




カチ




音が鳴るのと同時。


僕は目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。


懸命に瞬きをしているのに一行に晴れない視界。


それどころか視界だけではなく意識までもが曖昧なものになっていく。


あ、れ…?


呟いてみたものの、声になることはなかった。




 …許してくれとはいわない…一生私を恨んでくれ 









最後にそんな声が聞こえて、僕は―――














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