いつだって僕は














「どんどんお代わりしてくださいね」




沢山あまっていますから、と老婆…シナ・ロットは微笑んだ。


旅の途中に立ち寄ったのは町外れにある小屋。


普段は星の観測や薬の即売場所として使われるこの小屋には


商人達が時折来ては泊めているらしい。


今は老人の二人暮らしのようで、


二人だけで物騒じゃないんですか、とエドガーが問うと




「なあに、わし等には魔物でもイチコロの秘薬があるからの」




とコメント。


温かいキャロットのポタージュを掬いながら


は僅かに目を細めた。


体中に染み渡っていくものを感じて、そして――胸を痛めた。









 +









相室のリルムとティナの寝息が規則的になったころを見逆らって


はこっそりベッドを抜け出した。


闇が広がる深夜。


時計は楽に2時を通り越している頃合。


今晩は中々眠れない。


長旅に疲れ、体中は疲労で軽い悲鳴を上げているというのに


眠れない。


慣れないベッドだから、とか慣れない枕のせい…


だなんていう理由で眠れないのならまだいい。


まだ…いい。




(気持ち悪い…どうしよう……)




微かに感じる毒素のにおい。


ソレが体内からこみ上げてくるのを想像すると


吐き気や頭痛が止まらなかった。


おそらくシナが装ったスープの中に数滴たらしてあったのだろう。




けれども仲間達を見る限り、警戒こともなければ


不審に思うものも誰一人としていなかった。


――だから、気付いたんだ。


これは僕だけ、だと。


そして、シナたちはおそらく僕を恨んでいる人物だと。


…心当たりは沢山あるけど。




気付けば外へとでていた。


上着を忘れたせいで腕がすぐに冷たくなった。


けっして過ごしにくい気候ではないのだが


日が落ち、夜になってしまうと暖が消え指先が悴む。


ぶわりと風が吹けば結っていない桜の髪がまって、


思わず手で髪を押さえた。


そして視界を広げたとき、彼の姿を見つけて安堵する自分がいた。




「ロック…こんな時間に、何してるの?」


「それはこっちの台詞だって。…眠れないのか?」


「…別に、そんなんじゃないけど」


「ふぅん」




月が雲間からでてくる。


互いの表情がしっかりと映し出されて僕は困惑する。


まさかこんな…こんなときに会うなんて。


食事が終わった後顔を見せないようにして


ベッドに向かった努力が無駄になった。


今気付かれたって、隠しとおせる自信がない。


できる事なら内密に抑えたい。


だって……


シナの恨みの種は僕自身がまいたのだから――




「なんで…ついてくるのさ」


「付いていくのに理由なんて要らないだろ?」


「じゃあ付いてこない理由も要らない」


「おっと…。――強がりもほどほどにしとけよ?」


「なっ…!」


「 アルマン・ロット 」


「…!」




アルマン・ロット。


何故ロックがその人物の名前を知っているんだ。


は理由もわからず暗黙する。


じっとりと睨みあげた。


ロックは冷静な様子で続ける。




「情報通のロック様を侮ってもらっちゃあ困るぜ」


「どうして…」


「――って言ってもまぁ、俺も聞いた話なんだけどな」




ロックが声を落として続けた。


夜中に目を覚ますと、隣の部屋からシナの話し声が聞こえてきたと。


息子であるアルマンが当時10歳ほどだった帝国軍人に殺された…と。


軍人の名が、だったと。


息子の敵討ちに、と強力な毒を盛ってみても


彼女がもがき苦しむ様子は見れなかった、と。


そして少し後には声を押し殺してすすり泣くシナがいた、と。




「……」




たちまち罪悪感が立ち込める。


紛れもなくアルマンをさしたのは自分だ。


彼の顔は覚えているし、名前だって忘れたわけではない。


小さなころから訓練を受けてきた自分は毒の味を知っている。


特徴的な分については臭いをかいだだけでわかるものもある。


今回のものも…一口なめて気がついた。


だけど、最後の一滴まで飲み干したのだ。


耐性ができている自分はそれが例えどんなものであろうとも


死に至る事はない。


それ相応の苦しみは伴うものの、彼女自身解毒魔法を


心得ているのだから問題ではないのだ。




「今でも覚えてる…彼の最期…は」


「…うん」


「アルマンはもっと…苦しかったはずなんだ」


「……」




だから、魔法は使わない。


それは意地だ。


償いであり、彼女のプライド。


帝国に刃向かい、リターナーにに属すると決めた、その日から。


自分の罪を、逃げずに背負い込むと決めた、あの日から――




“ 奪った後で僕はいつも後悔するんだよ ”




静かに言って、静かに涙をこぼした。














(翌朝目を腫らしたシナに頭を下げた。)


(それから振り返る事はなかった。) inserted by FC2 system