君が好きだよ














本当にいつからだったんだろう。


以外の人を――好きになることができたのは。









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帝国時代でのいい思い出なんてこれっぽっちもなかった。


すれ違う人全てが死んだ魚のような目をしていたし、


自分達を見る目、まるで手負いの獣を扱うような仕草。


丁重であり粗雑。


実際に見たわけじゃないけれど、純血の幻獣より


僕たちみたいな半端な存在の方がアイツラの目には叶ったんじゃないかな。


扱いもそれなりに違ったはずだ。


――ただ、それだけに。


僕たちは何度もカプセルの中から世界を見ていた。




  “ママもパパもどこにいったんだろう…”




カプセルの水の中。


体中に穴があけられ管がつながっている。


多分幻獣と人間という異種を受け継ぐもののしらべ。


ぶくぶく…


口元を覆うマスクから気泡がこぼれた。




  “僕たちはここで、死ぬのかな…”




ぶくぶく…


気泡があがる。


ガラス越しに研究者や魔導士たちが忙しく動き回っている。


あるものは複数の書類を手にし、またあるものはデータの数値を記入している。


僕の左隣のカプセルにはの姿があった。


僕と同じようにつながれて、酷く疲れているのかぐったりしている。


こういう時複雑な心境に刈られてしまう自分がいる。


自分と瓜二つの姿をした片割れ。


二倍苦しんでいるような…


変な錯覚に陥る。




  “君までこんな…可哀想に……”




右隣にはティナ。


同じ幻獣界で生まれた人間と幻獣のあいの子。


ティナ・ブランフォード。


マディンさんは僕たちにとても良くしてくれていたので…


余計に記憶に残っている。


彼女の事は生まれたときから知っている。


幻獣界の村でも有名になり、大人達がいつも話していた。


僕も時折家を抜け出してはと二人で


ティナの様子を見させてもらったものだ。




  “まだ…僕たちより小さいのに”




気泡がこぼれた。


きっとため息。


僕はまだ子供で、無力だ。


ここから逃げ出したって、きっと自分を守れない。


――それに。


僕が逃げ出して…この二人を置き去りになんてできない。


ママもパパも…


きっとこの帝国の中に閉じ込められているはずなんだ。




  “僕は…こいつらとどこが違うんだ…?”




まだ5つどいう年齢の自分には違いがわからない。


人間と、幻獣。


それらは相いれないもの…?


交わるべきではなかったもの…?


なら僕たちは――


生まれてくるべきではなかった…?




  “ どこも違わないのに―― ”









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「…どうしたの…?ぼーっとして…」




ティナが不思議そうに首を傾げてみせる。


そのせいで結ばれていない緑色の髪が揺れて、


ついつい目で追ってしまった。


は自分が本を読んでいる途中で


考え事にふけってしまった事に苦笑した。




「考え事…してたみたい。…ごめんね?心配かけて」


「ううん、私はいいの。ちょっと見かけて声をかけただけだから」


「そう。……ティナ、ブラシを持っておいで?」


「え?」


「結ってあげるよ」


「…うん!」




ティナは嬉しそうにはにかんで、ブラシをとりに部屋を去った。


は朗らかに微笑んで、本に栞を挟んで閉ざす。


鏡の前にちょこりと座るティナの髪をブラシで梳くと、


ふわふわのくせっ毛が手の中で踊った。




「今日はどんな髪形がいい?」


「えっと…。あ、みつあみがいい!」


「はいはい」




リボンを右手にかけて器用に下でみつあみにする。


がもう少し髪を伸ばしてくれれば


彼女の髪だって結んであげたいのに


彼女がそれを照れているのか嫌がる。


そのくせロックさんには髪をさわらせるんだから不公平だとも思う。


鏡をちらりと見ると子供のような無垢な笑みを返してくれるティナに


自然と心がほころんでしまった。




「はい、できたよティナ」


「ありがとう…。とっても素敵!」


「光栄です。……こうやって結ぶと本当にマドリーヌさんに似てるな…」


「え?お母さんに?」


「うん、そっくりだよ」




小さかったティナはあんまり覚えてないかもしれないけど。


それでもお母さんに抱かれたぬくもりは覚えているだろ?




「ありがとう…」




その笑顔だって、本当にそっくりだ。














(生まれたときから君を見てきた)(もしかしたら一目ぼれだったのかもね) inserted by FC2 system