(ロック)














 天秤 2














出会ったころの彼女はとても寂しそうな目をしていた。

誰も信じていない、そんな凍り付いたようなもの。

心を閉ざして。

なにもかも抱え込んで。

自分一人の力で解決しようとしていた。

頼る、という言葉をまるで知らないかのように。

そして。

目的のためならいくらでも自分を犠牲にした。

ティナを守るため、たちを帝国から救出するため

その為なら自分が傷つくことも厭わずに、1人で戦っていた。


首元にひんやりと冷たい刃を躊躇うことなく向けてくるソイツは

あの頃のを連想させるには十分すぎるほど寂しい目をしていた。




「誰だ、アンタ」




状況を整理しよう。


とロックは今日、下調べのためゾゾ山に出かけた。

その日、ゾゾ山は天候が悪く大雨が降っており足場が悪かった。

モンスター討伐していた際に敵の魔法を避けようとして

足を滑らせ、は崖から身を転落させた。

間一髪のところでロックが手を取り落下は免れたが、

それからは気を失ってしまった。


そして目を覚ました時、彼女は俺のことを覚えてはいなかった。


刃を向けてくる事から察するに帝国時代の彼女だと推察される。

そして、一つの結論が出る。


「お前…記憶を…」


ぐっと胸が締め付けられるのは最大のトラウマをを思い出させるからだろう。

自分を庇って谷底に落ち、記憶を失くしたレイチェルと重なり、

ロックは声に出さずに眉根をぎゅっと寄せた。

ぐっと耐えるように呑み込み、ロックは現状に目を向けた。


(あの時とは違う)


そう心の中で呟くとほんの少し突破口について見いだせる気がした。


「命令だ。今の現状を簡潔に説明しろ。少しでも変な動きをすれば…殺す」


との2年の時間を信じ、ロックは両手をあげ挑発しないように

それでも毅然とした態度で対話をする。


「俺はロック・コール。トレジャーハンターだ。君に危害を与える者じゃない。

 だからそろそろコレを外してくれないかな――

「……お前、何故名前を」

「名前だけじゃないさ。生い立ちも、兄貴のことも…」

「帝国の手のものか?」


の尋問に「違う」と即答した。


「俺は反帝国組織、リターナーに属するものだ」

「リターナー…?」

「神官バナンを代表とする地下組織だ」

「知らんな」

「あのフィガロ城の国王エドガーも属している」

「…………」


思慮しているのか、沈黙がある。

刃の刃先は見えないが冷たさが徐々に自分の体温を吸って生暖かくなっている。

ただただ冷静に。

的確かつ簡潔にの疑問に答えていく。

そうすることで彼女の不安を早く取り除き、状況の改善を図る。

一番の胸の底に何があるかといえば、きっと信頼だろう。


「エドガー…?」

「あぁ、名前くらい知ってるだろ。帝国兵なりたての頃に

 ケフカに連れられて訪問に言ったって話も聞いてるしな」

「…」

「ってことはマッシュにもその時会ってたんだな。」


彼女の動揺がナイフ越しに肌に伝わる。

いつの間にやら取り押さえていた腕の力が少し抜けている。

もう少しだ。


「兎に角。俺は君のことを知ってるし、俺は味方だ。信じて欲しい」

「味方?僕がリターナーに寝返ったとでも?」

「そうだ」

「在りえない」

「信じてくれとは言わない。だけど、これが作り話として、この現状を

 説明出来るものがあるかい?」

「………」


しばしの沈黙があった。

背中をとられ彼女の反応や表情が見えず、ただ待つことしかできないロック。

は何か結論づいたのか、ナイフを下ろし距離を置いた。

敵意はないと判断したらしい。


「ありがとう」


ふっと息を吐く。

いつの間にかロックから奪ったのであろうナイフをいつでも取り出せる

場所に装着するを一瞥する。

気を許した様子ではないようだ。

それに彼女には…魔法がある。


「…お前、嘘はついていないようだ。だが、僕はお前を知らない」

。君はおそらく敵の魔法か、もしくは頭を打った際に

 記憶を失くした…んだと思う」

「記憶…信じられんな」

「…。なら、証人を連れてくる」


証人、と聞きの表情が変わった。

あくまで警戒を解かない彼女が放つ殺伐とした雰囲気に息がつまりそうだ。

でも、あの二人を見たら…俺が伝えるより何十倍も説得力があるに違いない。


「5分だ」

「…?」

「5分で連れて来い。その証人とやらをな」


ああ。待っててくれ。

それだけ言ってロックは部屋から出た。

彼女の元から離れ、1人にするのは気がひけたが二人を連れてくるために。

帝国時代、彼女が気がかりで仕方なかったであろう

――ティナとを呼ぶために。




 +




「………」


一人になった部屋では今さっきロックと名乗った男から

奪ったナイフを見やる。

これは、見間違えることない。

だってこれは父の形見ナイフ、レイヴだ。


「なぜこれをアイツが持っている…?」


窓から見える景色は自分の知っているそれとは違い大地が引き裂かれている。

獣の声もさらに深く低く響いており、自分の知っている

あの頃の世界でないと思い知らされる。

地平線へと溶け込む夕日がこの世界を黄昏色に染め、自分の心も

途方もないところへ追いやってくれるようなそんな気分になる。


「ここは、どこだ?みんなは無事なのか…」


本当に記憶を失くした?

でもそんなことが?

冷静になるように落ち着かせたところで今の状況を理解しようとする

だけで不安が立ち込め、まるで自分がこの世界の異物なような気さえしてくる。


「ロック…?」


僕は彼を知らないはずなのに。

彼の首に刃を向けたとき、心のどこかでそれを拒む自分がいた。

この体が、この心が、彼を傷つけることを拒んでいた。


「母さん…?」


首元に手をやる。

不安になった時、首元を触ってしまうのは癖みたいなものだ。

いつものように指で触れて、そして、はっとした。

あのぬくもりがないことに気づく。


(母さんの形見のネックレスが…無くなってる?)


日が沈み、時期に夜が来る。

そんな哀愁じみた雰囲気を晴らすように、扉が再び開かれた。

扉の奥から覗く二人の人物に、は大きく目を見開く。


「……嘘」


気づけば頬を涙が伝っていた。














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