(ロック)









 天秤 3









「僕が誰か、わかるかい?」


驚き。恐怖。哀しみ。不信。安堵。切望。焦燥。

回転の速い頭が処理しきれずにフリーズする。



わかる、けど、わからない。

わかりたい。

でも、認めるのが怖い。



そんな矛盾に板挟みを食らう。

理解と納得が処理しきれず、はただ目の前の事象に

唇を震わせることしか出来なかった。


ロックから数分という短い時間で話された事を目の前の彼女の様子から

現実のものだと思い知らされた兄、は共にいたティナに頷きかける。


…。ロックから話を聞いたわ。貴方、記憶が……」


かつての自分を重ねたのか、ティナはそれ以上紡ぐことをやめて押し黙る。

は震える一人の女の子にそっと歩み寄る。

今となっては。

彼がもう彼女にとっての最後の肉親でもある。

当時の彼女が血を浴び、苦しみ、傷つき、心に蓋をして、

そうすることでしか守ることが出来なかった、最愛の兄。

は一番穏やかな表情で妹を見やった。



大丈夫だよ。



もう、苦しまなくていいんだよ、と解放するように。

ロックの話が本当ならば、彼女は帝国時代……

つまりは2年以上前のと言うことになる。

帝国兵として、ケフカやガストラの暗殺兵器として暗躍していたころの、彼女。

も心が溶かされていった2年の月日を思いながら、

当時自分には出来なかった、兄としての務めを果たそうと歩み寄る。

ティナ、ロックはじっとそれを見守っていた。


「僕がわかるかい、


稟、と通る声だった。

耳に残る音。

きっと覚えているであろう幻獣界で育ったあの頃の記憶に語り掛ける。


「もう」

「一人で戦わなくて」

「いいんだよ」


頬を伝う涙が床にぽたりと落ちて、雫が弾けた。

溜め込んでいたものが、まるで糸が切れたように溢れ出す。

俯く彼女。

由佳に涙のシミができる。

誰もが手応えを感じた、次の瞬間、彼女は声を震わせながら言った。




「お前は、誰だ」




空気が凍り付く。

響いていない。


「ここはどこだ。早く帝国に帰還しなくては、ケフカ様がお怒りになられる」



「今はいつだ。あれから何日経った?早く戻らないと。どうしてこんな所に」

「落ち着いて、。今は…」

「あぁ、夢か。それなら早く醒めないと。質の悪い夢だ。早く、早く終わらせないと」


それからは、一瞬だった。


「なに、を…!」




「――僕を、返せ」




彼女の手には握られたままだったレイヴ。

両の手で柄を握ると、躊躇うことなく喉元へ引き付けた。

それにはその場にいた全員が目を大きく見開き、食い止めようと手を伸ばした。


そして。


――サー。


淡い光が全体を包み込む。

それが魔石、セラフィムによるものだと気づくのに対して時間はかからなかった。

一番驚いたのはだった。

ロックの首にかかる、以前自分が肌身離さず持っていたそれを

大きく目を見開いて見やる。


「どうして、それを…」


言葉は最後まで紡がれることなく中断する。

光りが彼女を包み込み、そして溶け込んでいったからだ。

吸い込まれるようには膝から崩れ、意識を飛ばした。


「っと、」


それをぎりぎりのところでロックが受け止める。

顔色がいくらか明るいものに変わっていることに安堵して、

他の二人にも頷きかけた。


「ひとまずは、落ち着いたみたいだ。セラフィムに感謝だな」

「母さん…」

「魔石となった後も、血のつながりは消えないのね…」

「ああ。……戦闘での消耗も大きいだろうし、このまま寝かせてやるか」


そういって、最も愛する相手を横抱きにしてベッドにおろしてやる。

2年前よりかはいくらか伸びた桜色の髪がシーツに渦巻きを作る。

顔にかかる髪を優しく払いのけ、彼女にしか見せない優しい眼差しを送った。

そんな二人の様子を見て、ティナが心配して言う。


「ロック」

「ん?」

「……」


切り出しておいて、いったん言葉が失われる。

ティナはぐっと、気持ちを固めて彼に問いかけた。


「もし…このままが元に戻らなかったら…」


それは、の中にもあったことだ。

出会ってから、二人の中には色々なことがあった。

笑ったり、泣いたり、時にはふざけあったり。

そんな2年間が彼女から消えてしまうことはどれほど彼を苦しめるだろう。

育んできたもの。

彼女への愛情。信頼。

それが一気に0になるのだから。


「俺はを守るって決めた」

「!」

「こいつも、それをちゃんと受け止めてた。記憶が消えたってその事実は変わらない」


コーリンゲンでのあの時を思い出す。

交わした約束。思い。結ばれた指先。絆。


「また最初から始めるさ。どれだけ時間がかかったとしても」


決意。

戸惑いはある。

でも、決めたことだ。

一度決めたことをくよくよしていたらそれこそ彼女は何というだろうか。


「目覚めた時、戻ってなかったとしてもだ。

 いつも通りにしていようぜ」


そのロックの言葉に2人は目を合わせて頷いた。

ベッドの上には落ち着いた様子で寝息を立てる

三人はそのままその部屋を後にした。














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