(ロック)









 天秤 4









ようやくお互いがお互いを知り、認め合い、バランスを保てるようになってきた。

弱い部分を庇いあい、補い合って、支えあえる関係までに。

ここまで来るのにはそれなりの月日と衝突があった。

過去の因縁から彼女に刃を向けたこともあったし、彼女も何度も自分を責め、

見限って、自分たち仲間の元から離れようとした。

そんな数々の壁を乗り越えてきた二人の絆は強い。

固く結ばれていると今でも思う。信じたい。

心の奥でそんな希望に縋ろうとしているあたり、

本当に一番余裕がないのは俺なのかもしれない。




 +




一時的なものだろうとエドガーが手配した医師は言った。

ただ、前例がないだけに不安が募る。

頭を垂れ、俯き、戸惑いの色を見せる仲間たちにロックは


「記憶が消えたって、は変わらないさ。俺たちの知ってるだ」


と言い放つことで、元気づけた。

そうやって言葉に出すことで、自分自身励まされている気さえした。




日も沈み、夜になった。

流石に朝食べたきりではお腹がすいているのではと思ったロックは

街でサンドイッチを購入して彼女の部屋の扉をたたく。

何の反応も返って来ないので、そのまま部屋を覗くとそこにいたはずの

彼女の姿は見えず、開かれた窓と風に揺れるカーテンがそこにあるだけだった。


「…?」


名前を呼び呼ぶ。

静けさの中、響き渡る。

ロックは窓から身を乗り出すと、上を見上げ、

そして一気にパイプを伝い、上へと軽い身のこなしで登った。


そこには案の定、彼女の姿があった。

さっきとは別人なくらいに落ち着いた様子で、こちらを見ることもなく言う。


「よく、わかったな」


彼女の視線がぶれることはない。

ただ、一点。

その視線の先には海がある。


「わかるさ。苦手なくせに、高いところばっか行くもんな」


彼女の一声で、彼女がまだ、二年前の状態であることを思い知らされる。

しかし、落ち着いた声色はやっぱり彼女のもので、こんな状況でさえも

好きだな、なんて思ってしまうあたり、相当彼女に惚れ込んでしまっている。


「ここからは、よく見えるからな」

「何が、って、あぁ海か」

「ここは僕の知ってる世界とは違うようだ。匂いも、風も、どこか寂しいな」

「…ケフカが三闘神を復活させ、世界を滅ぼしたんだ。生きていた幻獣はすべて

 魔石化され、魔導の力を使ってやりたい放題している。今だって――」

「………」


いつの間にかヒートアップしていた口調を一旦落ち着かせ、

「すまない」と謝罪した。


「魔を導くもの、それが魔導の力。アイツが導いたのは悪魔の方なのかもな」

「言えてるな」

「……」


セリスに聞いた話だと、ケフカはセリスよりもずっと前の初期に魔道の力を

植え付けられた人間と聞く。

その実験で命を落とすものも多かったが、ケフカはただ一人生き残った。

人格を壊して、生き延びたと聞く。

以前のケフカの姿も知っているは当時、思いつめたように話していた。


「おっとそうだ。…食うか?さっき町で買ってきたんだけど」

「……」

「あ、人前で食べるのは苦手って言ってたっけ?」


出会ったばかりの頃は隙を見せたがらずに、眠ることも食べることも

決して心許した人の前でしかしなかったのを思い出す。

は少し思考して、手を伸ばした。


「頂こう。不思議だな。初めて会うのに、そんな気分がしない」

「そうなのか?」

「なんだろうな。今まで感じたことのない感情だ。力が抜けてしまって困るよ」


苦笑。

戦場の中に常にいた彼女が目覚めてみれば急にこんな状態だから驚きだ。


「母さんも、“僕”が渡したのか?」

「?…あぁ。決戦の前にお守りって言ってな。…でも、本来これは

 持ち物だ。俺が持ってるのもおかしな話だから、返すよ」

「いやいい。その、決戦とやらはここ数日の話じゃないんだろう?

 なら、きっと“僕”が君に預かっていて欲しかったんだろう」

「そう、なのかな」

「信じ難いが、言葉や理屈じゃ説明できないものがあるのも事実だしな」


彼女は口には出さなかったが、としての仲間への思いのようなものは

まだ彼女の中に根付いているのかもしれない。

サンドイッチをかじる様子を見るのもなんだしと、ロックは隣に腰を下ろす。


「僕と、ロックってどういう関係なんだ?」

「え?」

「……。会ったこともないはずなのに、気が鎮まる。なぜかと考えていてな」


兄を見た時やティナを見た時にも抱いた、そんな淡い感情。

当時のはその感情を知らない。

ロックは「なんて言えばいいか…」と少し悩んだが本当のことをそのまま

伝えることにする。


「いわゆる、恋人ってやつといえばわかるのかな?」

「???」

「好き合って一緒にいるというか、いづれは家族になる間柄というか…」

「…………」


説明が難しいが、話しているうちに自分だけが紅潮していくのがわかる。

言ってて恥ずかしくなったロックは口元を隠して「何言ってんだろうな」

と話を濁す。


「でもま、にとっちゃ俺は目覚めたときに目の前にいたヤツで、

 あれから数時間しか経ってないのに、いきなりそんな話されたって困るよな。

 お前も、だからって絶対俺を想う必要はないし…いや、いつかは想わせるけど、

 また1から始めていけたらいいっていうか……えっと」

「…可笑しな奴だ」


はそう言って薄く笑う。

笑う、なんて当時の彼女のことを考えると、珍しいことだ。


「一生守るって決めたからな」

「…?」

「何言ってるのかわからないだろうけど、俺はお前をずっと想い続けるし守る」

「………」


はパッと目を見開き、そしてすぐに目をそらした。

半分涙を押し殺したような声で、は誤魔化すように言う。


「この時代の僕は、ちゃんと愛されているんだな」


当時の彼女の生い立ちを聞く限り愛される、という経験はほぼゼロだ。

そうか、とは吐き出し一滴の涙をこぼした。


「ありがとう」


夜も深まり、特有のにおいが鼻腔を掠める。

それを胸いっぱいに吸い込みながら、月がのぼり、町が寝静まるころまで。

二人は気持ちが満たされるまで海を見つめながら過ごした。




 +




朝、目が覚めるといつものがそこにいた。

結局。

何が原因だったのかは謎のままだった。

フラッシュバック説が有力だったが、彼女にその時の記憶はないようで

これ以上蒸し返すのもよくないとエドガーが言い、

それ以上気に留めないよう仲間たちは心掛けた。


「ねぇロック」

「ん?」

「ん、じゃないよ。重たいんだけど」


頭の上に顎を乗せ、ぴったりと引っ付いて離れない彼に、

いい加減しびれを切らしたらしい彼女は言う。

普段より数倍べたべたと甘えてくる彼に気味の悪さすら覚えながらも、

は拒むことなく甘んじて受け入れていた。


「そういう気分なんだよ」

「な、なにそれ」


戸惑いを覚えながらも引き寄せ、抱きしめる彼の手をほどこうとはしない。




「なに、さ…」


不意打ちの額のキスに相変わらず慣れない彼女は顔を赤らめる。

それがかわいくてドンドン意地悪したくなる気持ちをぐっとこらえ、言う。


「愛してる。これからもちゃんと守るからな」


この一件があり、改めて伝えたいと思った言葉。

彼女からすれば何の脈絡もなく驚くことだって目に見えていた。

案の定、彼女は顔から火が吹くんじゃないかと思わせるくらい真っ赤になっている。


「変なロック。どうしたんだよ…急に……」

「いや、ちゃんと思ったことはその時に伝えないとなってさ」

「……あっそ」

「返事は?」

「………」


恥ずかしさのあまり目を一切合わせてくれない彼女は、

逃げるように彼の胸元に顔を埋める。

それくらいはよしとして、優しく髪を撫でながら彼女の返事を待った。


「知ってるよ、バカ」


そういって、ほんの少しの反逆心からかロックの首元に噛みつく

「いてて」と言いながらも照れてはいるが機嫌がいいらしい彼女が

したいように、させておく。


いつ、何が起こるかわからない。

ケフカとの決戦の時も近い。

だからこそ。

今この時を、大切にしていかなくてはと今回の事で決意を固めたロック。


「(正直、こんな体験もうこりごりだぜ)」


ふぅ、と胸の中に溜まっていた最後の思いを吐きだしてしまうと、

胸の中に彼女を閉じ込め、至福の時を味わった。









俺が今までどれだけ彼女の言葉に救われ、助けられてきたかわからない。

不器用で、言葉選びも下手で意地っ張りで。

でも誰よりも仲間思いで。

俺が揺らいでいたときに、ぐっと引っ張り上げてくれたのは間違いなく彼女だ。

だからこそ。

今回みたいに彼女がぐらついたときには俺が引き上げよう。

そうやって均等を保っていよう。




俺はお前をずっと想い続けるし守る。


その言葉は嘘じゃない。














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