(ロック・未来編・妊娠発覚)














 母親














時々、違和感を感じることがあった。

なんとなく動くことが億劫に感じたり、また中々食べ物を受け付けなかったり。

日に日にその違和感が強まり一つの確信めいたコトが浮かび、

ははっとなり、町の診療所に向かった。



「おめでとう」



その言葉を聞いたとき、嬉しさと不安が同時に立ち込め、

この場に真っ先に伝えたい夫がいないことをほんの少し寂しく思った。




 +




さーん、いますかー??」


夜も落ち着きを見せたころだった。

聞こえてきたのはドンドンと扉を叩く音と、女性の声。

は小首をかしげて読んでいた本にしおりを挟み

肩にストールをかけてぱたぱたと玄関口をあけると、慌てた

様子の女性と、その腕には荒い息を繰り返す子どもが抱えられていた。


「…。とにかく中へ」

「はい」


は慌てることなく落ち着いた様子で場所を確保する。

真剣な眼差しで触診と視診をした後、女性…ロゼにいくつか質問をした


「ここ数日、山に入ったりした?」

「さぁ…あ、でも何かの巣を見つけたって言ってたような

 もしかして、襲われたりなんか」

「獣に襲われてる感じじゃないから安心して。多分出入りしたときに

 植物にやられたんだと思う。いわゆる草負けってやつ」


心配はいらない、とが微笑むとロゼもいくらか安堵の表情を返した。

は汗ばむ子どもの額を優しく撫でて、少し席を外した。

すぐに戻ってきたかと思えばその手には赤い木の実のようなものがあった。


「カカラっていう解毒効果のある木の実だよ。食欲とかはどう?」

「家から帰ってきてからはこの調子で熱も高くてまだ何も…」

「食べれるかな………ほら、お口開けてごらん。すぐによくなるよ」


子どもの首から上を起こして優しい口調で言う。

薄く開けた子どもの目はとろんとしていて、初めは抵抗するようにいやいやした。

そこではにっこりと安心させるように頷いて見せたので

子どもはしぶしぶといった具合に唇を薄く開いた。

口の中で木の実がはじける音がしてそれをごくんとのみこんだのを

確認しては「もう大丈夫だよ」とロゼに言った。


「一時間もすれば熱も下がると思う。食欲が戻ったらもう安心さ」

「ありがとうございます」

「あと、おまじない」


は目を伏せるとかつては“リジェネ”と呼ばれた

魔法の呪文を呟くように詠唱し、子どもの額に触れた。

もうあの時のような魔力はほぼ残されていない。しかし、

の華奢な指が触れた途端、少年の顔に赤みがさした。


「あの、なにかお礼を…こんな時間に、それも急に」

「いいよ。っていうか、受け取らないようにしてるんだ。こんなの

 独学でしかも勝手にやってることだし。気持ちだけで十分だよ」

「でも」


ロゼは目を伏せた。

そんな彼女を気遣ってか、は肩をすくめて言う。


「ならさ、今まで見たいに話し相手になってよ。たまにでいいからさ。

 あの人も中々帰ってこれないみたいだし、この子もいるしで結構寂しいんだ」


そう言っては自分のお腹をさすった。

まだまだ小さな膨らみ。でもロゼがその意味を理解したのはすぐのことだった。


「ありがとう、

「お安い御用さ。ロックが帰ってきたらまた二人でチェリーパイ食べに行くよ」

「ふふ…待ってるわ」


来たときとは打って変わって落ち着いた表情をしている

子どもを抱きかかえて、暗い夜道を帰っていくロゼ。

はずり落ちた肩掛けをかけなおしてほうっと息を吐いた。


この街にとどまって1年が経とうとしている。

今まで一か所に留まる経験がなかった彼女だが、

今ではすっかり町の一人として馴染み、また受け入れられているのを感じる。


「故郷ってあんまりイメージ湧かないけど、

 でも君にとってはここが故郷になるんだね」


お腹をさすり、まだ名前もない自分の分身に声をかける。

自分に故郷の思い入れはあまりない。

5年ほど幼少期過ごしたといわれる幻獣界もおぼろげだし、

近所付き合いや幼馴染という感覚も正直薄い。


「普通の、当たり前の生活ってなんか…」


自分が経験してないことだけに不安が大きい。

隣にロックがいればまだ解消されるぶぶんもあるだろうに。

ほう、と一人静かになった部屋でため息をつく。

そして、子どものことに形相を変えて飛び込んできた母親の姿を

思い返して、少し懐かしい気持ちになった。同時に寂しくもなる。


「パパ、まだかな。無事で帰ってきてくれるといいんだけど」


過保護なほどに心配性な彼のことだ。

この子のことを知ったならばどんな反応をするだろうか。

すると突然幸せがこみ上げて来てはくすくすと笑みをこぼした。




ロックが帰ってきたのはその翌日のことだった。

その時の彼の喜びようは何年経とうが忘れることがなかったという。









「母ちゃん!早く冒険に行こうよ」


ぱたぱたと駆け寄ってきたかと思えば、突然言い出すのはそんな事だ。

流石僕とロックのこと言うか。

一体どっちに似たんだか、ってロックは笑った。


「冒険って、叔父さんのところに行くだけだろ」

「冒険は冒険だよ。母ちゃん、モンスター出て来たら俺が守ってやるからな」

「いやいや、それ俺のセリフだし」

「…父ちゃん、自分の身は自分で守れよ」

「はあ?」

「ふふ…頼もしいこと」


はくすくすと笑う。

守る、なんて全く誰に似たのかしら。

そう言ってやるとロックはむっと顔をしかめて息子を見やるので

ははにかみながらとん、と息子を小突く。

ロックは内心「母ちゃんはこう見えて元帝国兵でケフカ倒した魔封士なんだぞ」

とぼやいて見たものの、決して口に出すことはしなかった。


「サン、待って」


息子の名を呼ぶ。

サンは母親の声にくるりと振り返り、父親譲りの銀髪をなびかせた。


「何、母ちゃん」

「お守り」


そう言って、旅の途中、ロックに貰った金の髪飾りを付けてやる。

サンはなんで男の俺が…とほんの少し唇を尖らせた。

宥めるようにわしゃ、とロックがサンの髪をなでる。


「うん、似合う。さ、行こうか」


母ちゃんには敵わない。

の笑顔を見て、男たちは顔を見合わせ肩をすくめた。














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