(微原作沿い・幼馴染・エド)









 言の葉 前









数年たった今もきっと私はあの頃のまま。

怖くて、不安で、いてもたってもいられなくて、見てられなくて、逃げ出した。

それから避けるように、身を隠すように遠ざけ続けている私を貴方は責めるだろうか。ずるい、って言うだろうか。



ううん。私の知ってるあなたは絶対にそんなこと言わない。

言えない。

知ってる。

だって優しいものね。ずっとずっと。

出会った時から、ずっと。

今もきっと変わることなく。

優しいから、きっとあなたは謝るんでしょうね。

逃げたのは私なのに。

離れたのは私なのに。

ごめん、って。


その言葉を聞きたくない、言わせたくない私はあの場所を離れ今は師匠の家、ダブリスに逃げ込んだ。

きっとこの場所も知られている。

私が帰ることが出来る場所なんて指折り数えるほどしかない。


彼の優しさをいいことに、私は甘えて、そして今も後ろめいた気持ちでいる。

会いたい。会いたくない。会いたくない。でも。

一度は決めたはずなのに。簡単に自分の決意を曲げようとする弱いココロ。

ダメねこんなんじゃ。


貴方は何もかも背負うって決めた人なのに。

釣り合わない。

今も、昔も、これからも。




 +




ダブリス。

この場所で生活するようになってあっという間に月日は経ち今年で15歳になる。

伸びる背丈に反比例するように心だけは相も変わらず未熟なままなようで、溜め込んだ思いを言葉に出来ず、吐き出せず、何度も枕を涙で濡らしてきた。


『これくださいな』


取り出したのはメモ紙。

生活の中でよく使うワードはすぐに使えるようにポケットに用意してある。

「ありがとう」「ごめんなさい」などのカードはすでにボロボロになっており、作り変えなきゃなあと思いながらも又使ってしまう昨今。

メモを見せた相手は私の姿を見るとにかっと笑い、大口を開けて笑う。


ちゃん、しばらく見ないと思ったら。体はもう大丈夫なのか?」


品物を自前の手提げ袋に詰めなおしながら言うおじさんに、はふんわりとほほ笑み、さっとメモ用紙を取り出した。


『心配ありがとうございます。季節の変わり目で熱を出しちゃって』

「そりゃあ大変だったね。アンタがしばらく来ないもんだから向かいのリゲルなんて寂しそーにしてたんだぜ?」


微笑み、返す。

リゲルはこの商店街で働く青年の事だ。年も近い。

そのこともあって、何かあればここらの連中は私と彼とをくっつけようとする。

振り返るとリゲルもこちらが自分のことを話していることに気づいたようで困ったように照れ笑いをしながら私たちに手を振ってくれた。


「ま、病み上がりにあんまり無理させてもいけねえな。また来とくれよ」


頭をわしゃあと豪快につかむのはいつまでたっても変わらない。

はじめはされる度に委縮してしまっていたが今ではすっかり慣れてしまった。

にっこりと笑顔で会釈をする。

不自由はない、と言えば嘘になるがそれでもだいぶうまく立ち回れるようになってきたと思う。

人間その環境下だと生きるためによくもまあ順応していくものだと思う。


(言葉が話せなくたって、生きていける)


怖い思いをしたあの時からもう何年もの月日が経った。

彼ら兄弟の噂はここ、ダブリスにまで届いている。

最年少国家錬金術師として名を馳せ、日夜研究に没頭しているとか。

小耳に挟んだところが本当ならば賢者の石を探しているとまで聞いたが…。


(無理してないといいけど)


逃げ出しておいて、本当に自分勝手だってわかってるけど、でも。


(遠くから祈ることくらい、許してください)


ダブリスの中でもちょっとした教会のようなところで静かに手を合わせて祈りを捧げる。

錬金術師は科学者であり神など信じないものがほとんどだが、こんなもの、気持ちの問題だ。

自己満足。

それでも、彼らの無事を祈らずにはいられなかった。


(いけない…ちょっと寄り道しすぎちゃった。イズミさんに心配かけちゃう)


天を見上げると雲行きも怪しくなってきた。

一雨降る前に戻らなくては。

買いこんだ小包をもう一度抱えなおすと、ぱたぱたと家に向かって走り出した。




あと角を一つ曲がれば自宅…と言う時に、聞こえてきた賑やかな声。


「お前の噂はダブリスまでよ~~~く届いてるぞ。この馬鹿弟子が!!!」


客人の予定があったかしらと記憶を巡らせて覗き込んでみるとそこには会いたくて会いたくなかった人物の姿。

目の前で吹っ飛ばされる金髪の幼馴染と、イズミによっていとも簡単に投げ飛ばされる鎧――。


(あ…)


一歩、二歩と思わず後ずさりしてしまう。


(どうしよう私、今会う資格ない…)


ぐしゃりと顔を歪ませた表情に一番に気づいたのはシグとイズミ。

そしてその視線を追って――。


「あ、


彼が口を開いた瞬間、荷物なんて置き去りにして走り出してしまっていた。

今来た道を戻るように路地裏の方へと抜けていく。

逃げたってどうしようもないはずなのに。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう)


バクバクいう心臓は決して走っているからだけではない。

背中に投げ掛けられる声がだんだんと近づいていって、そして、繋がった。




胸がぎゅっと小さくなった。














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