(未来設定)














俺の幸せ














ごろり、と横になる。


時々不安になってそっと彼女の方へと腕を近づけて体温を感じては安心する。


それを知ってか知らずか、隣からふふ、と微笑みが唇から漏れた声が聞こえた。


なんだか腑に落ちない気分にさえなって、不機嫌に「なんだよ」と


言いながら右腕で彼女を抱きしめる。痛くないようにそっと。


そんな不器用な優しさに笑みを深めるとも知らずに。




「いえ、ただ可愛くって」


「……男が可愛いって言われても嬉しくないんだけど」


「ふふ、それもそうですわね」


「……」




それからだんまりしてしまった俺を彼女はちらりと盗み見て


ほんの少し気遣うように「気を損ねてしまいましたわね」とつぶやいた。


閉じ込められた俺の腕の中からそっと腕を指し伸ばしてほっぺに少しふれた。


寝起きのせいかひんやりと冷たさがある指先がこそばくって、


目をうっすら細めてしまう。その表情をなんとなく見せたくなくて


彼女の指にキスする形でごまかした。


今度は彼女の方が恥ずかしそうに頬を赤くそめた。




「もう」




ちょっぴり拗ねたふうに。尖らせた唇に愛嬌が含まれていて


あぁ、また意地悪したいな、なんて悪戯心に火がつく。


ん、と一言こぼし体制を変えると一気に彼女を見下すような姿勢へ。


結んでない金色の髪をうざそうに背に払うと寝起きの瞳で彼女を見降ろした。


両腕で彼女の頭を挟むように。しっかりとその視線を固定させ、


そのシアンとパープルのオッドアイをまじまじと見つめる。


彼女はあまり好んではいないらしいオッドアイの瞳。だけど


こんなにも俺は好きだって思う。額にかかった長い前髪を


さらりと払うと彼女はより一層恥ずかしそうにする。


それでも逃げる事だけはしない彼女のおでこにキスを一つ落として


一日の始まりをそっと囁く。




「おはよ」


「おはよう、ございま……」




最後まで聞かずに彼女の白くて柔らかい耳たぶに唇をあてる。


ほんの少し歯を立てると小さく堪えたような甘い声が漏れた。


くすぐったそうに身をよじる。くすくすと笑みをこぼしながら。


嫌がってない事をいい事にそのまま首筋を甘噛する。


今度はさすがに痛かったのかほんのすこし眉根を寄せたので


お詫びの意味を込めて首筋と、そして唇にフレンチキスを送って


シーツに波打つ銀髪に指を通した。




「どうしたんですの?」


「ん?」


「甘えたさんですわ」


「んー」




幸せだ。本当に心の底からそう思う。


全てが終わった。アルも生身の体を取り戻したし、俺自身も代価として失っていた


右腕もちゃんと今ここにあって、彼女の髪をこうやって撫でる事が出来ている。


彼女もまた、失っていた右目の視力、そして“自分”という記憶を取り戻している。


例え真理を失ったとしても。


錬金術が使えないただの人間になり下がったとしても。


今こうして、人間として、幸せをかみしめている。


贅沢なほどに。これ以上ないほどの満足があるだろうか。


それに。


彼女が俺たち兄弟の旅につきあってくれている。


言わば俺の。左足の機械鎧のせいで東周りが厳しい俺の。


西周りの旅につきあって、助手として、研究活動に精を出してくれている。


純粋にそれが嬉しくって。寝て、目が覚めて、でも彼女は必ずそばにいて。


手を伸ばせば届く場所で、笑っていてくれるから。


本当に。本当に良かったのか?と聞いたことがある。


彼女は迷うことなく。




「ええ」




と答えた。




「あなたの傍にいる事が、私の幸せですもの」




あっさりと。


でも、強い女性だ。改めて思った。神を前にしても怯むことなく


自分を支えてくれた――強い、女性だ。


自分が一番に惚れこんだ女性だ。




「今日の移動は昼からにすっか」


「あらあら、随分のんびりですわね」


「いいんだよ、たまには。休息も必要だしな」




指先での衣服のボタンを何度かいじる。


するとはほんの少し大人の悪戯っぽい表情を見せた。


そしての方から触れる程度の優しいキス。合図だった。




「俺、さ」


「ええ」


「お前がいてくれてすっげー幸せだから」


「……はい」














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