(2020.11.24)(呪術廻戦・狗巻棘・恋仲・同級生)
結び目
繋ぐことも、解くことも容易だった。
物心ついた頃には縁というものが感覚的に理解していた。
家族、友人、目に見える範囲の人。
そして、呪い。
誰かと誰か、そして何かと何かを結ぶ縁は、結びが甘いと簡単にほどけて離れてしまい、きつすぎるとそれは拘束し、枷となる。
それは呪いも同じだと理解したのは小学生に上がって間もない時だ。
『君、視えてるでしょ?』
彼は言った。
はじめましての彼だったが、この人は自分と“縁”のある人だとすぐにわかった。
今思えば解くことも断ち切る事も出来た縁だった。
私が一般人に紛れて普通に生きる選択肢と、そして彼の手を取り呪術師として生きるという選択肢。
2度目に会った時、私は迷わず彼の手を取り、縁を結んだ。
あの時の選択は、私の人生の中における最善だったと胸を張って言うだろう。
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瞼越しにあるお日様の光が一時的に弱くなるのを、覚醒していく意識の中で感じた。
要因は容易に想像がつく。
きっと真希ちゃんだ。
口では、やれ「ちょっとは自分の限界を理解しろ」だの「言っても聞かねぇだろうけど」と耳が痛くなるような小言を呟きながらも、こうして膝を貸してくれる優しい友達。
今だってが眩しくないように、片手で日差し避けをしてくれている。
目を瞑っていてもわかる優しさに思わず口元が緩んでいると、「何笑ってんだよ」とおでこをぺち、と叩かれた。
「いた」と呟いてみるが当然組み手の時ほどの威力はない。
真希ちゃんだって笑ってるくせに。
不満の言葉を頭の中で選びながら口を尖らせていると、今度は鼻をつままれる。
「ひどいよ、真希ちゃん」
「その調子だとちょっとはましになったみたいだな」
「うん、お陰様。真希ちゃんさまさま」
「…今回は私がすぐに気付けたからよかったものの」
心配からくる小言に「あはは」と乾いた笑みが口の端から洩れた。
そう、は今、呪術高専のグラウンドの片隅で真希に膝枕をしてもらって横になっていたところだ。
理由は呪力不足からの肉体のSOS。
ようはエネルギー切れを起こしてふらふらしていたところを、異変に気付いた真希に半ば強引に木陰まで連行されて今に至る。
「まーたこき使われてんだろ。もきつい時はちゃんと断れよな」
「でもお仕事任されるのはやっぱ嬉しいし、それに認めてくれてるって思うと疲れなんかふっとんじゃって」
「…それ、アイツの思うつぼだから」
「みんなが言うほど酷い人じゃないよ?」
「その結果がこれだかんな」
「うぅ…返す言葉もありません…」
入学当初から2級という階級を与えられている。
そこ並外れた高い呪力と、攻撃性はないが格上相手を一定時間拘束し、断ち切り、呪いを祓う事が出来る彼女の能力――縁結びと縁切り。
人材不足という事を抜きにしても活躍の場は多い。
否、活躍の場が多い、というといくらか人聞きがいいが、実際は最強呪術師五条悟の使いっぱしりだ。
それに、階級の合わない格上を相手にするときにはそれ相応のペナルティも発生するように設定してあり、今回の過労もほぼ間違いなくそれだろう。
「(ま、本人それを甘んじて受け入れる覚悟でアイツの言いなりなんだから世話ねぇけどな)」
と、真希は心の中でため息をついた。
言ってしまえば五条はにとって恩人であり、保護者代わりみたいなもの。
真希に伝えれば顔を面白いくらいに顰めるだろうが、五条の言いつけを何の疑いもなく二つ返事できるのは彼女の根っこにある“人とのご縁を大切にする”という信念に他ならない。
かつて例を見ないほどのお人好し。
真希のため息を自分に対する諦めと思ったのかはにへらと隙だらけの顔で笑った。
「あ、棘」
「――!」
近づいてくる同級生の陰に真希が声を掛けると、の肩が面白いくらいに跳ねた。
ぱっと勢いよく立ち上がり今までの緩みきったそれとは正反対に全身を強張らせた。
それはまるで親に悪さがばれた時の子どものよう。
真希が怪訝そうに眉を持ち上げたのと、名前を呼ばれた棘がをじとりと見つめたのはほぼ同時だった。
「任務お疲れさん。ま、わかってると思うけどぶっ倒れてたから休ませといた」
「高菜」
「じゃあまた後でな。棘、説教もほどほどにしとけよ?一応は病み上がりなんだから」
「しゃけ」
おにぎりの具に肯定の意味を込めて棘は頷いたが、の表情は晴れないままだった。
邪魔者は退散、と手をひらひら振ってその場を去る彼女に「ま、真希ちゃん…」と、その小さくなっていく後姿に手を伸ばす。
いつもなら優しく声を掛けてくれる彼も今回ばかりは、それはもう物言いたげな表情でそこにいたので、の眉はおのずとハの字になって立ち尽くすしかなかった。
「うぅ…えっと、あの棘君。せ、せめて何か言ってほしいなぁ」
「…」
「えっとこれは、昨日の任務でちょっと予定外の呪いが発生しちゃって、思ったよりも数がいたけどあそこで私が食い止めなきゃもっと被害が…」
「…」
「その、ごめんなさい…無茶は重々承知の上でのやつです」
呪言師の末裔ともあろうものが、言葉を発することなくを硬直させていた。
いつもの気だるげな視線がより深く細められる。
含まれているのは心配といった過保護のそれ。
「子どもがいたの。5つくらいの男の子。迷いこんじゃったのか連れ去られたのかはわからないけど、ずっと泣きながらお母さんの名前を呼んでて…。だから、何があってもこの子をお母さんのところに連れて帰らなきゃって思ったの」
「…すじこ」
「でも、そうだね。棘君の言う通り、救援を待つとか、対峙せずに逃げるとか手は沢山あったのかな。でも、その子が少しでも怖い思いをせずにいられる方法が他に思いつかなかった」
心配かけてごめんね。
でも、私の中であれが最善だったの。
「あの時何か一つ違えばあの子とは出会えなかった。そしたら救えたものも救えなかったかもしれない。――私はそういう縁の元、呪術師やってるつもり」
任務中の無茶に後悔はないが、棘のそれを感じ取っているからこそは目を伏せて素直に詫びた。
何よりも目の前の相手に心配かけたことを。
の顔から一切視線を逸らすことのない彼の沈黙にじりじりと胸が痛む。
「ツナ」
ふっと息を吐く音が聞こえて目線をあげると、そこにはを何度も許してきた恋人の顔があった。
心配しつつも想い人の事を尊重してくれる優しい彼の。
「ふふ、うん。棘君ならそう言ってくれるって思ってた」
「ツナツナ」
「うんわかってる。ちゃんと戻ってくるところはここだよ」
頬を緩める。
彼の手を取り、結び目をきゅっと繋ぎなおす。
「だから私がはぐれないように、ちゃんと繋いでおいてね」