(2020.11.30)









 転寝









天真爛漫で無邪気な性格の彼女の周りはいつも笑顔があふれていた。

どんなに気分が沈んでいても、彼女がそこにいるだけ心の中に春が来る。

ふわり、と胸から温かいものがこみ上げて不快な感情が浄化されていくようだった。


『見て、棘君。この前植えたピーマンに花が咲いたんだよ』


普通に生活していたら見落としがちな些細なことに、一喜一憂する彼女は見ていて飽きない。

人懐こい彼女は他者と間合いを詰めるのがうまい。

根本的に人が好きなんだろうと思う。

嬉しそうに絡みに行くはまるで犬だ。

興味と好奇心の塊の彼女にとってこの呪術高専は魅力的なものにあふれているようで、そのすべてに感動し、どんな小さな出来事でも興奮した様子で報告してくれた。

尻尾が付いていたら、きっとそれは主人か玩具化を見つけたときのように千切れんばかりに振られていたところだろう。


『もう聞いてよ棘君。あのね、悟君がね私のアイス食べちゃってさ』


棘君、棘君。

廊下で自分を見つけた時にぱっと表情を明るくさせるところも、ひょこひょこと後ろをついてくる姿も可愛いと思う。

うんうん、ちゃんと聞いてるよ、と彼女の報告に相槌を打つ。


『今日も天気が良くって気持ちがいいね!お出掛けしたくなっちゃうなぁ』


無意識のうちにネックウォーマーの下に隠れた自信の口元まで弧を描くように緩んでいた。

うんうん、それでどうしたの?

という意味を込めておにぎりの具を紡ぐ。

すると彼女は嬉しそうに「それでね!」と続けるから。


(あぁ本当に)


彼女と過ごすこの時間がたまらなく愛おしい。




 +




そんなおしゃべり好きな彼女も、いつも口を開いているというわけではない。

静かな時だってもちろんある。

一番に思い浮かべるのは任務の時。

これは初めて一緒の任務になった際、普段との温度差の違いに驚かされたのを覚えている。

普段のが陽なら、狐の面をして集中力を尖らせて呪いを祓う彼女は陰だ。

それまでの子どもっぽさを微塵も残さないその雰囲気の違いはまるで別人かと思わせた。

流石あの天才呪術師、五条悟と師弟関係なだけある。

彼女の言葉を借りるのであれば「人に意地悪する呪いは許さない」であるが、やってることはそんな可愛げのあるものではなかった。

の呪術は拘束して、じわじわ呪力を吸い取って弱らせ、動けなくしたところをとどめを刺すという無情なもの。

狐の面、という素顔が見えない要素も初対面の人の肝を冷やす要因であることに本人は気づいているだろうか。


そして、もう一つ彼女が静かな時と言えば。


「すじこ…」


呆れた声が、深い深いため息とともに吐き出された。

目の前の光景に目を覆いたくなるような感覚に陥りながら、狗巻棘は額に手を当てて項垂れる。

ここは校庭。

真希もパンダも任務で丁度出払っているから、寂しがり屋なはこういった時、寮の自室か図書室、もしくは校庭で過ごしていることが多い。

寮の電気はついておらず、いつまでたっても連絡が取れ無い事を不審に思いに探してみればこれだった。

棘は大きな木の幹に背を預けて気持ちよさそうに眠る彼女に何度目かもわからないため息をついた。


「たーかーなー」


はいつでもどこでも眠れるすご技を持っている。

ランク高めの任務明けなんかは廊下や談話室でそのまま寝落ちていることもあるくらいだから目が離せない。

きっと今回もそうで、寝落ちた頃は日も高く絶好の昼寝時間だったのであろう。

棘は彼女の肩を軽く揺するようにして声を掛けるが、こういった時に眠りの深い彼女は中々目覚める気配はなかった。


「いーくーらー!」


何の夢を見ているのかわからないが、生憎日は傾き始めておりこのままでは風邪をひくこと待ったなしだった。

声掛けの限界を感じ、棘は諦めた様にネックウォーマーに手を掛けての傍にしゃがみこんだとき、ふと彼女の耳元が目についた。


「…」


ほんのりと朱に染まった耳。

棘は目を見開き、そして呪言とは別の目的の為に口を開いた。

ぱくり。

鼻先に優しく噛みついた。


「ひゃっ!…あだ!」


狸寝入りを決め込んでいたが突然の棘の行動に驚き、のけぞるように体を強張らせたため背後の幹に後頭部を強打。

両手で後頭部を抑え込むようにして「うぅ、酷いよ棘君…」と唇を尖らせるに棘はニヤリと笑う。


「こんぶ」

「え、うそぉ。そんなにわかりやすかったかな」

「しゃけしゃけ」

「ちぇ、つまんないのー」


本人ちょっとした出来心だったらしく、悪びれた様子もない。

こちらはどこでも眠ってしまう彼女を心配して起こそうとしていたというのに、それを楽しんでいるような発言に棘の悪戯心をくすぐった。

ちょっとは反省してもらわないと。

懲らしめる目的とほんのちょっとの下心で今度は思い通りの場所に噛みついてみせると、はきょとんと見つめ返した後にだらしなく笑う。

「棘君は私に甘いんだから」と笑う彼女に懲りた様子は1ミリもなく、やっぱり棘が折れるしかなかなかった。

結局は惚れた弱みというやつなのかもしれない。














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