(2020/12/14)(1巻前前)
ご褒美
2学年合同演習の最中。
休憩中だったの背後に一人の影が重い足取りで忍び寄り、彼女との距離を詰めた。
そして、息をひそめて肩ごと包み込むように両腕の中に射止める。
わ、と小さな驚きの声。
振り返ったはドッキリの犯人を視界にうつすと、隙だらけのだらしない笑顔で彼に労いの言葉を掛けていた。
「―、―」
「――、―」
少し離れた距離のせいで会話の中身までは聞こえないが、その雰囲気は和やかだった。
二人の間に流れる糖度の高い空気が自分たちとの距離を深めていることに彼らは気づいているだろうか。
ほわほわとした甘い雰囲気の二人を遠巻きに確認し、怪訝そうに眉をひそめたのは1年の伏黒だった。
完全の二人の世界でお楽しみのようだが、ここは公然の場。
都立呪術高専の演習場。
片方のも今の今までパンダや真希に仲良くしごかれていたところだった。
休憩の為に腰を下ろした矢先の出来事。
「……禅院先輩。俺達、何見せつけられてんすか」
「名字で呼ぶんじゃねーよ。あれはもう景色だ景色、慣れろ」
「そうだぞー。突っ込んだら負けだぞー」
「はあ…」
「あはは。あの二人、本当に仲いいよね」
2年生の真希、パンダ、乙骨からしてみればそれは日常茶飯事らしく、恥ずかしがるわけでも、嫌味に受け取るわけでもないようだった。
むしろ、彼らからすればそれが“普通”の光景。
人目を気にしないオープンな関係―間違いなく棘の方には牽制も含まれているだろうが―で、乙骨の言う通り仲良くやっているようだった。
しかし当然ながら、人目はある。
けれども棘ももそんな事には気にするそぶりも見せずに、仲睦まじい姿を見せつけてくれた。
「……………」
「どうした、恵」
他の先輩たちが言うように、あの二人は“あんなもん”と割り切ろうと息を吐いた次の瞬間、呼吸が止まった。
目線は離されそうになった二人に再び戻され、思わず凝視してしまう。
石のように思考も動きも止まってしまった伏黒に真希が問いかけると、確認するように返した。
「………先輩って呪言効かないんすか?」
「なんだ、恵は見るの初めてか」
「?…はい、まぁ」
「まぁ棘も他の奴に飛び火しないようにその辺はしっかり考えてるだろうしな」
伏黒が目を丸くして驚いたこと。
それは棘がジッパーをおろして彼女に何かを耳打ちする光景が目に入ったからだ。
話した言葉に呪いが宿ってしまう狗巻家相伝の呪言。
その為、呪いを祓う時以外はおにぎりの具に語彙を絞って生活している棘。
しかし、たった今と話すためにジッパーをおろし、蛇の目と牙を出現させていた。
おにぎりの具以外の言葉を発したという事実。
それなのに、は相変わらずににこにこしており、特段影響を受けた様子は見当たらなかった。
「縛りを付けてるから大丈夫なんだって」
「縛り?」
「そう。僕も聞いただけでよくわかってないんだけど、さんの呪縛の力で意図的に呪言を打ち消してるとか何とか」
「それに階級が一緒だから呪詛返しもないってわけ。…でもま、流石に不意打ちで弱ってる時なら、もモロかもだけどな」
そんな事、棘がさせねーだろうけど。
だからこそ滅多にお目にかかれる光景ではないとのこと。
器用なもんだ、と伏黒は思った。
流石呪術に関してはあの五条悟を師に持つだけの事はあると。
近接はその分めっぽう弱く、さっきまで一緒に投げ飛ばされていた奴と同一人物とは思えなかった。
「棘が先に準1級になった時は焦ってたなー。早く追いつこうとあれだけ嫌がってた組手も精を出してたし」
「ったく、やりゃあ出来るんだったら最初から手ぇ抜くなっての」
真希がぼやくとぶん、と手に持つ棍棒をおおきく振った。
じとり、と伏黒を射抜く瞳。
休憩の終わりの合図だと察すると、伏黒は稽古再開の為に腰を持ち上げた。
+
「ツナ」
ひょこり、との頭の上に自身の頭を重ねるようにして背後から抱きしめられた。
その慣れ親しんだ声と匂いと温度にはぱぁっと表情を明るくさせて、恋人からの抱擁を受け入れた。
「おかえり、棘君。任務お疲れ様ー」
「しゃけ、高菜…」
「ふふ、はいはい。ぎゅー」
任務明けを示すように、若干かすれたままの声。
会って間もない間柄なら、彼の意図する意味を見出すのに時間を要するだろうが、彼女にそれは不要。
疲れた、という意味を込めて吐き出したそれをすぐに理解して受け入れる。
そのまま甘えるように彼女の首元に顔を埋めると、くすぐったそうに彼女は笑った。
言葉はきちんと彼女に届いたようで、はにかみながらも彼を甘やかすことに全力だった。
「………」
顔を埋めたまま、何かを言いたげな棘との間に一瞬の沈黙が流れる。
どうしたの、とが首をかしげて彼の目を覗くと、そこにはねだる様な、甘える様に細めた彼の視線とぶつかった。
口元に笑みを宿し、無言の彼に首肯してみせると彼は照れくさそうにしながらジッパーをおろした。
「癒して」
空気、そして鼓膜を震わせての耳に届く。
本来であれば呪いになってしまう言葉も、の前では効果はなかった。
それはあくまで両者の同意があってこそのもの。
そうでなければ棘が愛しい彼女を呪う言葉なんて吐くことはないだろう。
「ふふ、私で出来る事なら何なりと」
「もう少しこうしてていい?」
「…先に医務室行かなくて平気?」
「こうしてたい」
腕に力を込める彼の腕をも応えるように、ぎゅーっとする。
これほど疲れて帰ってくるのは珍しいな、と思いながら、は甘えん坊の彼の頭を優しく撫でた。
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ぽちり