(2021.01.22)
夜空を見上げ
ピロン、とスマホの通知音が耳に届く。
机に伏せたままだったそれを持ち上げてディスプレイに表示された通知画面を見て思わず頬を緩めた。
どうやら彼女の任務が終わったらしい。
事前に今回は呪いの階級も3級相当のもので、急に行くことが出来なくなった呪術師の代打でが派遣されただけと聞いている。
とはいえ、気になるところは彼女の安否。
並外れた呪力と、相手を拘束・断ち切ることが出来る呪術から彼女の得意な間合いは中から遠距離系な物。
入学以降、真希やパンダにいくらかしごかれて身体能力が向上したと言えど、所詮一般人に毛の生えた程度。
近接が不得手なため、相手次第では致命傷になることもある。
怪我でもしてないだろうか。
またいつものように無理をしていないだろうか。
今終わったよー、という報告メールに「お疲れ様。怪我してない?」と即座に打ち込む。
既読が付いたすぐその下に「うん、平気!」という返事があり、棘はようやくほっとした心地で胸を撫でおろした。
「さん?」
自分たちとはずれて途中入学だった同級生の乙骨はテレビから視線を外して棘に問う。
連絡を取っている相手がなんでわかったのだろう、という疑問を浮かべながら首肯すると、乙骨は「やっぱり」とにこりと笑った。
「わかるよ。さんを見てるとき、すごく優しい目をしてるから」
「ぞっこんだもんな、棘は」
「しゃけしゃけ」
「おっ、素直に認めたな。こいつぅ!」
パンダに冷やかされても痛くもかゆくもなかった。
むしろその茶化しが心地よいくらいに思えた。
自他ともに認める程、棘は彼女に首ったけだ。
初めて会った時からそうだった。
持ち前のこの呪言のせいで他人と一定の距離を保つことに慣れきってしまっていたところに、彼女の持ち前に明るさと人懐こさは簡単に棘の心を射抜いた。
ひだまりのように穏やかで、ふわりと蕾が花開くときのように柔らかく笑う彼女。
語彙を制限し、おにぎりの具しか話さない自分のことをもっと知ろうと、めげずに向き合ってくれたこと。
そんなひとつひとつの温かさに、棘が彼女ともっと親密になりたいと思うまで時間はかからなかった。
「今でこそバカップルだが、最初は振られまくってたもんな」
「高菜」
「え、そうなの?想像がつかないや」
「しゃけ。…すじこ」
「あぁ。お互いに“関係を呪える”からか」
棘の言葉に乙骨が納得したように相槌を打つ。
棘は言葉で相手を呪うことが出来るし、も呪術“縁結び”で事務的に良縁にすることが出来る。
それは、いきすぎると相手を縛り付ける枷にもなるからと、は棘の気持ちに気づきながらもそれを理由に目を逸らし続けていた。
「ツナ」
ではなぜそんなに寂しそうな顔をするんだろう、と。
棘の言葉足らずな告白に、はいつも戸惑ったような、それでいて何かを押し堪えているような、泣き出しそうな表情で「ごめんね」と言った。
「でも、諦めなかったんだね」
「しゃけ」
「いつもは流されやすいがあの時だけはかなり頑なでな。…まぁそれくらい棘に対して軽い気持ちで考えてなかったって事だな。そっからは棘の粘り勝ち」
「そっか」
乙骨に対してピースサインをする棘。
それこそ今となってはこうやって笑い話に出来るが、当時はかなり辛いものがあった。
確信はないものの、手ごたえはある。
それなのに中々一線を超えることが出来ずに煮え切らない日々が続いた。
思いを告げるたびに振られ続けるのも中々堪えるものがあった。
乙骨の言う通り、あの時、めげずに口説き続けた自分を褒めてやりたい。
…その時の頑張りがあったからこそ、今のこの幸せいっぱいの日々があるのだから。
ピロン、と再び音が鳴る。
棘は画面に指を滑らせることなく、表示されたメッセージだけ目に焼き付けるとポケットに放り込んで立ち上がった。
「すじこ、高菜」
「そうだね、暗くなってきたし。うん行ってらっしゃい」
「おう行ってこーい」
「しゃけ」
同級生たちに見送られて、寮の談話室を後にする。
廊下に出るとそのひんやりした温度にほんの少し身震いした。
が実習に出掛けた時は昼食も終え午後の授業も終盤に差し掛かっていた頃だったから、移動も含めて4時間近くかかっている。
4時間前には一緒に授業を受けていたはずなのに、この後もメールも通話も出来るのに。
早く会いたかった。
一秒でも長く一緒に居たい。
その想いが今の棘の原動力だった。
「…」
校舎を抜けると外のひんやりとした空気が頬を撫でる。
あたりはすっくり暗くなってきていた。
ピロン、とポケットに通知音。
『もうすぐつくよ!コンビニで棘君が好きそうな期間限定のお菓子見つけちゃった。よかったら一緒に食べよ?』
というメッセージに口元が緩む。
もうすぐ会える。
棘は完全に闇で覆われた夜空を見上げて、ほう、と穏やかな息を吐いた。
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ぽちり