(2021/1/28)









 トドメの一言









ブブ、と机が振動した

その振動に覚えがあるは読みかけの漫画から自身のスマートフォンへと視線を映した。

ディスプレイに映っているのは見慣れたアイコンと赤と緑の2つのボタン。

それが通話を表す画面だと気づくと漫画はすぐに閉ざされ、その指先はスマートフォンへと伸びた。


「あ、おばあちゃんだ。電話出るね」

「しゃけー」


片手をあげて肯定する。

少しでもゲームの邪魔にならないように、と気を遣ってキッチンの方へと場所を移動する彼女を見送る棘。

そして携帯ゲーム機に再び視線を落としかけたところで、棘の手はぴたりと止まることになる。




ここは棘の自室。

棘と恋仲のは、呪術高専の中でも有名な部類に入るほどワーカーホリックだった。

それでなくても常に人手が足りていないこの業界。

ある程度は術師の負担や特性を考えて、任務は均等に割り振られているのだが、にとってそんなもの無いに等しかった。

彼女の特性でもある「縁結び」は呪いの特定に長け、「縁切り」は祓う事に長けている。

つまりは調査も退治もそつなくこなす準1級呪術師。

活躍の場は大いに設けられた。


平日のみならず土日であろうとも問答無用で任務を詰め込まれるに休日らしい休日なんてほぼほぼなかった。

それも全てと師弟関係を持つ五条悟のせい。


の場合、座学で根詰めるより感覚でつかんだ方が早いっしょ。ほら、習うより慣れろって言うし”


とか何とか言って毎度いいように言いくるめているのだろう。

簡単に脳内再生されるボイスに棘はふてぶてしく顔を歪ませる。

師に言われるまま、何の疑問も持たずに毎回二つ返事で任務に駆り出される

毎回ヘロヘロふらふらになって帰ってくる彼女を見て心配しない彼氏がどこにいる。

そんな彼女の貴重な休み。

また、丸一日お互いにフリーというのはおよそ3週間ぶりだった。


『お出掛けじゃなくてよかった?あ、私を気遣ってくれてるなら全然平気だよ!』


ぐっと握りこぶしを一つ作って元気に笑う彼女。

会って間もない相手なら簡単に騙せただろうが、棘相手にはそうもいかない。

じとーと気だるげな眼をさらに細めて見つめ続けると、嘘のつけない性格の彼女はすぐに根をあげて降参した。


『嘘です…ちょっとだけ、ゆっくりしたい気分かも、です。あはは…』

『ツナ』


繰り返すが、貴重な休み。

隠れるように目をこすり欠伸をする彼女を気遣って、今日はお家デートを決め込んだわけだが。


「――、―」


話が盛り上がってきたのか抑え気味だった声にも力が入ってくる。

盗み聞ぎするつもりがなくとも、好きな人の声ともなると自ずと耳に入ってくるという悲しい性。

しかし、今回棘の意識を中断させることになったのは他にも理由があった。


「心配せんでいいっちゃ。皆優しいけんなんかあっても助けてくれよるし。うんうん、ちゃんと、しちょるって」

「………」


え、と思わず体も思考も一時停止する。


「よかよか。やけさ、また出張があった時にでも顔出すけなんか食べたいのあったら言っといて。あーうん、ありがとね」


耳に残るのは聞きなれない方言。

付き合って半年経とうとしているが、彼女の口から方言なんて聞いたことがなかった。

記憶をたどる。

自分よりも付き合いの長いあの特級呪術師と話す時でさえ、標準語だ。

九州の方、だろうか。

流暢に話すその癖だらけの言葉に知らない一面を見たという驚き反面、新たな彼女の発見にドキドキした。


「じゃあまた連絡するけん。はーい、はい」


通話が終わり、一息ついた彼女。

そしてふと上げた視線と棘の視線が絡まる。

ぱちりと目が合う2人。

一瞬の間。

それからきょとん、と小首をかしげたが不思議そうに言う。


「あ、ごめんうるさかった?」

「こんぶ、高菜、すじこー!!」

「え?どうしたの?」


それはもう勢い良く詰め寄った棘。

両肩を掴んで揺さぶって、どういうことなの、どういうことなの!と興奮を抑えきれない様子。

ぶんぶんと頭を振られながら「わわわ」となるは完全に勢いに押されたままけろりとしていた。


「あれ、言ってなかったっけ?私生まれ福岡で小6までずっと住んでたんだよね」

「おかかおかか!」

「え、ごめん。話してたつもりだった!それに棘君も知ってるものだと」

「いくら」

「そうそう!隠してるわけじゃなかったんだけど、聞きなおしてもらうの申し訳ないから普段は気を付けてるんだよね」


ほら、結構クセ強いからさーと話すそれは完全に標準語だった。

中学校からは東京と続けたので、その三年間のうちにイントネーションを耳で聞いて覚えたのだという。

先程までと打って変わって耳なじみのいい標準語を話すはまるで別人のようだった。

なんならまだドキドキしたままの棘。

珍しそうな表情のまま見つめ続ける彼に、の口元は弧を描く。


「方言しゃべっちょるのそんなに気に入ったん?」

「お、おかか!」

「ふーん」


もう完全にからかわれている。

同じ声で話す福岡なまりの言葉にする彼女に動揺が隠せないでいた。

方言女子、悪くない…。

特に恋人が話すのであればなおの事、くるものがある。

これではどちらが呪言師かわからない。

先程から彼女の言葉に振り回されっぱなしの棘にはとどめの一言を繰り出した。


「 そんな棘君もすいとーよ 」

「――」


意地悪っぽい笑みを浮かべては首を傾げた。

前言撤回。

やっぱり方言女子は心臓に悪い。

どきゅんと撃ち抜かれた心臓を抑えて棘は縋りつくようにに抱き着いた。














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