(2021/02/05)(リクエストありがとうございます)









 残り香









肌が熱をまとっていると錯覚するくらい、体の芯からポッカポカだった。

季節は冬。

時間は夜。

呪術高専のとある一室にの姿はあった。

この情報だけを与えられたら多くの人は入浴後の湯上りか体調不良時の発熱の光景を思い浮かべるのかもしれないが、残念ながらそのどちらでもなかった。

ならなにか。

そう、呪いだった。


「うける、

「悟君、今本当にやめて、集中できないから」


今の私の姿を見るなりそれはもう盛大に笑ってくれやがったのは私の師匠でもある人物、五条悟。

彼に祓えない呪いはいないのではないかと言われるほど呪術師界の最強の名を持つ人物。

腹を抱えて膝をバンバンと叩いてなんならいつもは装着している包帯も今は外して目じりに溜まった涙を拭っているところだった。

普段ならば「もーう!こっちは真面目なの!」などとムキになって張り合っていたところだが、今の私にそれほどの余力はない。

上気する頬は鏡を見ずとも赤く染まっているだろうし、熱もないのに視界が潤んで仕方がない。

辛くもないのに息は上がり、苦しくもないのに胸がどきどきする。

…この状況に本日何度目かの眩暈がした。


「いやぁ、本当にドジっ子もここまで来るとアホカワだね。ちゃんかーわーうぃーいー」

「………」


…箪笥の角に小指をぶつけてしまえ。

呪いの言葉を心の中で吐き捨てる。

じとりと睨むが目の前の彼は「はぁ、可笑し」と息を整えるだけで口の端にはいまだに笑みが浮かんでいた。


「ちゃんと指定の呪いは全部祓ったもん」

「じゃあなんでそれテイクアウトしてんの」

「………」


ぴしゃりと指摘されてぐうの音も出なかった。

そう、絶賛今の私は数時間前に祓ったばかりの呪いの残り香に毒されていた。

この場所をさらに詳しく解説するのであれば医務室。

入学してから幾度となくお世話になりまくっている場所だ。

日頃から呪力を効率よく使うことが出来ない私は、任務後目覚めたらこの天井を見上げることが多かった。

今回もそうだ。

呪力開放による呪力切れ。

お陰で調査では予想できなかった呪いまでまとめて祓う事に成功したが、結果オーライとはいかなかった。


―― ズ ズズズ ギ ズキ

『 !? 』


最後の一体。

所謂ホテルはホテルでも大人のホテルに長く住み着く呪いだった。

その場に居留まろうと執着する呪いの縁をお得意の断ち鋏でちょんと切ったまではよかった。

そして見事に縁を断ち切ったのだが、結果から言うとそこで油断した。


『残穢に当てられたな。心配はいらない一晩休めば落ち着くだろう』


反転術式を使う家入の診断はこうだった。

彼女の口の端にも若干の笑いが浮かんでいたような気がしたが、もうそこまでは突っ込まなかった。

体が火照る。

頭の奥がぼんやりして熱っぽい。

一見、発熱時に見られるような症状だが、欲情しているそれに変わりなかった。

誰でも彼でも手あたり次第と行かなかっただけましだった。

まさに不幸中の幸いだった。

硝子さんから事情を聴いた悟君が「え、発情してんの?」と教師らしからぬ発言をしたときには、硝子さんと2人で引っ叩いてみたが彼の無下限呪術の前では触れる事すら叶わなかった。


「とりあえず部屋に戻るんでしょ?」

「うん。硝子さんも一晩休めばっていうし、なんとか一日持ちこたえてみる」

「そっか。あれだけ笑っちゃったけどやっぱり僕も可愛い弟子のことは心配だし――」

「…?」

「――心強い助っ人呼んじゃった」


悟君が楽しそうにしたことをすぐにでも疑わなかったことを心の底から後悔した。

バァーンという効果音とともに医務室の扉を開けたのは、今一番会いたくない人物。

なんなら明日までは確実に距離を置こうとまで考えていた相手だった。

狗巻棘。

同じく呪術高専の2年生であり、同級生であり、恋人。

棘はを見るなり心配そうにその気だるげな目を細めた。

心臓が高鳴る。

どくどくという音が喉までのぼってきて、息苦しいったらありゃしなかった。

「じゃ、僕忙しいから」なんて言ってご機嫌に退室する師匠に言葉にならない悲鳴を上げる。

…やっぱりお腹を壊して、トイレットペーパーが無い呪いだ。

先程のものじゃ生ぬるい。

が睨めばにらむほど、去り行く五条の機嫌は右肩上がりだった。


「高菜」

「ひゃっ」

「?」


棘の手のひらが額に触れる。

ただそれだけの事なのに体内の血流が一気に巡り体温を上昇させた。

咄嗟に口を手で押さえたがもう遅い。

びくりと肩を震わしたに棘は驚きぱちぱちと瞬きをした。


「…ツナ」

「えぇっと、何と言いましょうか」

「話せ」

「ちょっと――」


この場を借りてもう一度言おう。

そう、今の私は呪力切れの状態。

いつもなら回避できる呪言から逃れるすべはなく、無情にも口は事実を述べる。

もう泣きたかった。

この矛先は迷わず悟へと向かった。

…もう、任務の最中しゃっくりが止まらない呪いにかかれ。今すぐかかれ。


潤む目はもう何の理由からかわからない。

状況を察して、目の前の彼が大人しく「はいそうですか」となるものか。


「ツナツナ」


くるりと目線を回して、それから数秒の思慮の後、悪い笑みを浮かべる彼。

ほら見ろ、絶対悪いこと考えてるじゃん!

覚えてろ五条悟。

その長い脚を組んだときに足がつって小一時間苦しめばいいんだ。














お気軽に拍手どうぞぽちり inserted by FC2 system