(2021.08.07)
相愛
「なー伏黒、さんってどんな人?」
お前ら従弟なんだろ?と首をひねれば読んでいたばかりの本から伏黒は面倒くさそうに視線を持ち上げた。
乙骨同様すぐに県外に飛ばされれてしまいがちなは呪術高専にいることの方が珍しかった。
学生の本業は勉学とはよく言ったものだが、の出席率は3分の1いくかないかといったところ。
他の3分の2は、というと任務もしくは休養のために医務室に籠城しているかのほぼ二択。
呪い祓いは勿論の事、探索、拘束と使い勝手のいい術式持ちというのが災いしているのは本人も自覚のある事。
また、師にあの“五条悟”がいるということも多忙の理由としては大半を占めていた。
「なら余裕っしょ」
と星マークを語尾に付けて親指を立てられれば、はこくんと首肯1つ……出張がいとも簡単に決定する。
真希に言わせてみれば「NOと言える人間になれ」と本気で心配されるほど酷い内容だったが、が首を横に振ることは今まで一度もなかった。
「典型的な善人」
「お人好し」
「根明」
「流されやすい」
「ツナマヨ」
「…いやそうじゃなくて」
悠仁の問いに伏黒、釘埼、真希、パンダ、そして棘はそれぞれの作業を一切止めることなく淡々と答えた。
ここは呪術高専、学生寮の談話室。
隙間時間を見つけては報告書を書いたり、課題をこなしたり、テレビを見たり、ゲームをしたりと自由に過ごす場所。
春になり新入生を迎え、在校生は学年が上がりそれぞれが新体制でスタートしたのだが、その場所にと乙骨の姿はなかった。
は例のごとく県外に連日出張中だし、特級呪術師の乙骨のほうは海外ときた。
「あ、そろそろと組んどこうか」と軽い口調で担任に言い渡されたのが記憶に新しい。
話したことはある。
こちらに来たばかりの頃にかなり面倒を見てもらったから。
しかし呪術師としての彼女の顔を知らない。
術式も、戦闘スタイルも、得意な距離も……とにかく情報が欲しかった。
のだが。
「高菜、こんぶ」
「そういえばが話してたな。今度アイツと一緒なんだろ?」
「そうッス!」
「まぁ普段あんな感じだから呪い祓ってる姿なんて想像つかないよな」
「しゃけしゃけ」
想像つかない。
そのパンダの言葉に虎杖は「んー」と難しい顔のまま首をひねって思考する。
陰というよりもどちらかと言えば陽の中でまったりと過ごしていそうな彼女だ。
呪いというワードが最も不釣り合いで無縁な人生を過ごしていそうでもある。
そんな彼女が師にあの最強呪術師五条悟を持ち、巷で有名な相伝持ちの格上呪術師というのだから驚きが隠せなかった。
改めて冒頭と同じ問いを繰り返す悠仁。
今度はちゃんと「呪術師として」の彼女を問うた。
「冷酷非情」
「隙がない」
「束縛女」
「執念深くて慈悲がない」
「明太子」
「……同一人物?」
思わず悠仁が突っ込みをもらした。
本人不在時に謎は深まるばかりだ。
「あ、やべ!報告書」
「おー行ってこーい。の件はが何とかしてくれるだろうから安心していいぞー」
「応!」
スマホ画面に映った時間を確認して悠仁は慌てたように立ち上がり書いていた書類を鷲掴みして談話室を飛び出した。
パンダがその後姿を手を振って見送り、ぼそりと呟いた。
「近接得意な悠仁とペアだとめっちゃ喜ぶだろうなあ」
「しゃけ、高菜」
「あ、やっぱ言ってる?というか棘、お前牽制しとかなくて平気か?陽キャ同士アイツら気が合いそうだぞ」
「…ってか、いちいちそんなことしてたらキリなくないですか?呪術師の男女比見て下さいよ」
「ツナマヨ」
「おーお熱い事。まぁはどこぞの呪言師さんにぞっこんだしな」
「しゃけ!」
片手はピースサインをして見せながらも、棘の目線は手元のスマートフォンに落ちていた。
隙間時間を見つけては動画を垂れ流している棘だったが、彼女からの返信には速攻で既読を付けた。
今回の任務も無事に片付けたようで、もう泊まらずにそのままの足で帰路についているとの事。
日付またがるかもしれないけど泊まりに行ってもいい?というこの上ないお誘いに2つ返事で快諾すると、彼女が愛用しているにこにこパンダのスタンプが送られてくる。
離れている時間を埋めるように移動時間や任務の合間を見つけてはSNSでやり取りしたり、電話をしたりそれなりに恋仲らしく過ごしている。
―― 危ないから迎えに行くよ
―― 着く頃わかったら教えて
と、絵文字付きで送れば案の定申し訳なさそうにもじもじするパンダスタンプが一つ。
―― 口実。早く会いたいだけ
と続ければ「大好き、棘君」と返ってきて、突然の不意打ちに口元がだらしなく緩んでしまう。
「……………」
盛大な溜息と共に机に突っ伏す棘。
ツナ。
ツナマヨ。
好き、大好き、尊い。
とおにぎりの具材にありったけの想いを込めて呟く。
棘のほうもかなりだな、と同級生の一人が笑ったが今の棘には大したダメージにはならなかった。
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ぽちり