(2021/5/28)









 13.失恋









「失恋か?」




問い返す前に硝子は短く「髪」と答えた。

指摘されてようやく自分の頭が軽い事を思い出す。

最後の任務が始まる前には背中まで伸びていた髪は3日とちょっとでいわゆるミディアムボブといった長さになってしまった。

指をするりと通してみると案外指先は元の長さを覚えているようで、あっという間に終わりを迎えたことに寂しさを感じた。

でもまぁ仕方ない。

頭はやけにあっさりと割り切ってしまっていて、なんならシャンプー代が浮くなぁなんと考えているくらいだった。


「似合ってます?」

「全く」

「わー硝子さん正直だなー」


棒読みジト目で睨み返してみても硝子のリアクションは薄く、楽し気に微笑んでいる。

それもそのはずの髪は子どもの悪戯被害にでもあったかのような悲惨な状態だった。


原因は呪い。

確か3つ目の現場をはしごした時の相手だ。

大きな鎌のような手先を振り回すカマキリのような見た目の呪いに苦手な近接を攻められ、首を刈り取られそうになったところを間一髪かわした結果がこれだった。

正直あれは指先の血の気が一瞬引いた。

ひゅ、と喉の奥で息が抜けたのも覚えている。

呪糸を使って自分を後方に引っ張る判断が少しでも遅かったら喉元を掻っ切られていただろう。

一瞬の判断が命取りになる世界だ。

任務に出るたびに細心の注意を払っているにもかかわらず、こういった小さなミスを今まで何度積み重ねてきただろうか。


「ちょっとヘマしちゃったんですよー」

「勿体ないな、綺麗だったのに」

「あらやだときめいちゃう」


硝子さんが表情を崩さず言う。

そんじょそこらの女子なら簡単に口説き落とせていたかもしれない。

首回りがスースーして心なしか肌寒さを感じながら、はふぅと小さく息を吐いた。


(確かに勿体ない、のかな)


スマホのカメラをインカメにして確認すると、パッと目に入った範囲だけでも残念な有様になっていた。

ブツリとカットされた毛先は見事にお河童そのもの。

そりゃあ乾燥で痛んでたけどさ。

毛先の枝毛が気になっていたけどさ。

あーあ、油断しちゃったなぁ。

不貞腐れた気持ちでいると自然と唇はきゅっととがっていた。

私は2日間この状態で寝かされていたのかと思うと同時に、この姿を誰の目にも触れることなく過ごすことができたのは正直有難い。


(今の私にお似合いだ)


連日の呪力切れによる医務室通い。

同級生は呪ってしまうし、解呪もことごとく失敗。

せっかくの入学式も医務室で迎えることになり、やっとできた解呪の効果で関係はリセット。

おまけに髪も悲惨ときたもんだからもう笑うしかなかった。

大親友が愉快そうに腹を抱えて笑う姿が容易に脳裏に浮かぶ。

どうしたものかなーと髪先をつまんだとき硝子はトントン、と自身の隣の席を叩いた。


「その髪じゃ外歩けないだろ」

「え、ええ!?もしかしてもしかして?」

「揃えるだけだからあとはちゃんとしたとこでしてもらえよ?」

「やったぁー!ありがとうございます!」


口先ではそう言いながらも硝子さんは相も変わらず美しい笑みを浮かべている。

おいで、と叩かれた丸椅子に腰を下ろすとは大人しくざくざくと足元に自身の髪を落ちていく様を眺めていた。




 +




「座敷童?」

「うっ…人が気にしていることを」


師匠もとい悟の第一声には両手で胸を抑えて受け止めた。

丸3日間ほど医務室で静養していただったが、数時間前、ようやく硝子さんの許可が下りて自室に戻ることが許された。

出張から戻ったばかりの悟は赤福片手に颯爽と現れ、当然のようにのベッドにどしりと腰を下ろした。

いいじゃんいいじゃん、なんて思ってもない事を軽い口調で言う悟。

ぐしゃりと髪をかき混ぜて無造作ヘアーがいとも簡単に出来上がる。


「硝子に聞いた。上の指示とはいえ僕に黙って身の丈に合わないはしごなんかして」

「ごめんなさい」

「お咎めは身をもって受けてるみたいだしいいよ。あとで結界外で術式使ったことについては反省文書いてもらうよ」

「うん」

「腐っても半分禅院…しかも相伝持ちってことで入学早々風当たり強めだね。ま、わかってたことだけど」

「そこはある程度覚悟してたから平気。私どんな任務でも一生懸命頑張るよ。ただ一報入れなかったのはごめんなさい。そこまで頭が回らなかったって言うか」

「別の事に気を取られて?」


息を呑む。

吸い込んで止めたままの廃に再び空気を送り込むと落ち着いた口調で「その件ならちゃんと終わらせたよ」とは返した。

不貞腐れるわけでも落ち込むわけでもなく淡々と、まるで業務連絡の一つかのように。


「でも」

「でも?」


真っすぐ射抜いていたの瞳に影が落ちる。

脳裏に焼き付いて離れないのはあの時の風景、彼の表情。

フラッシュバックするだけで胸はぎゅうぎゅうと締め付けられ、苦しくなる。


(ふとした時に考えるのは彼のことばかり)


過ごした時間は短いはずなのに、そのどれもがかけがえのないものだった。

つないだ手。

彼の声。

目を細める優しい表情。

少ない語彙でたくさん話してくれた。

穏やかな時間。

心温まる居場所。

大切なもの。


「自分で呪っておいて調子のいい話ってわかってるけど――こんな形で終わりたくなかったなぁ」














お気軽に拍手どうぞぽちり inserted by FC2 system