(2021/6/10)









 14.すれ違い









 失恋か?




硝子の言葉がリフレインされる。

失恋。

うん、そう、失恋。

自分があの時棘君を呪わなければこんな思いをしなくて済んだのに。

縁結びの呪いでなんかじゃなくて本当に棘君のことを想えたのに。

棘君にちゃんと好きって言えたのに。

終わってしまった。

自分の手で終わらせた。

本当は。

彼との縁を断ち切ってしまいたくなかったのに。


「自分勝手って頭ではわかってるの。わかってたし、結ばれている間もずっと警戒してた。今、私が素敵だなって感じてるこの思いも時間も彼のことも全部、呪いのせいだから勘違いするなって」

「いいねぇ青春だねぇ」

「あはは、当事者は結構辛いんだけど」

「恋に悩みも痛みもつきものだよ。ま、の場合ぜーんぶ自業自得だけどね」

「ぐうの音も出ないんだなぁ」


赤く腫れてしまった目を両手で塞ぐ。

肺いっぱいに吸い込んだ空気を色々な思いをのせて吐き出す。

静かに。

長く、細く、ゆっくりと。

口に出してみて少しずつ頭の中のごちゃごちゃが整理されていく。

再び息を整えた頃には自分がどうしたいのか、考えがまとまっていた。

でも、どうしたら。

目線を落として考え込む。

今まで避けてきた道だった。


「じゃあ入学初日から授業欠席してるに出前授業をしてあげる」


お願いします、とは顔を上げた。


「呪いが見えたって意味がない。見えるだけじゃ、見えないのと変わらない。それは縁も同じでしょ。 縁を結ぶのは自分の力だけじゃない。双方の想いがないと。蝶々結びと一緒。お互いが息を合わせないと成立しない」

「術を使用する側とされる側…」

「そう、よく思い出してみて。初めて棘と縁を結んだ時、棘は拒んでたのに強引に結んだの?」

「…」


記憶をまさぐり返す。

月日が浅いだけあってすぐに思い出すことが出来た光景が脳裏をよぎる。


“ これも何かの縁、か ”


差し出した狐の手印に彼は迷うことなく同じものを突き出した。

それは術を使用する側とされる側が同意の上での契約だったという事。


「違う」

「ふぅん。なら――解呪の時は?」


え、と声がこぼれていた。

同意のもとで結ばれた縁。

ならば縁解きは…。

…あの時はどうだった?


“ 棘君、手 ”

“ ――ほどくね ”


雨上がりの匂い。

夕焼け。

彼の表情。

手の温度。

彼と私を繋ぐ縁。




――ツナ。




そうだ彼は、ツナと答えた。

ツナ。

ツナ。

頭の中で反芻する。


彼はその言葉と共に手を解いた。


「その意味が分かるまで、を任務から外しまーす」







 +




「お、しばらく見ねぇと思ったら」


想像していた通り二言目には「座敷童みてぇ」と笑い飛ばされる。

先日何とか予約が取れた美容院に滑り込みなんとか毛先を整えてもらう事に成功する。

任務明けほどの悲惨さは無くなったものの、小柄な体格と童顔が功を奏したのか幼く見せてしまうことは避けられなかったらしい。


「真希ちゃんまで…」

「あ?」

「俺は似合ってると思うぞー。昔使ってた黄色い帽子今度もってきてやるよ」

「それ小学生のヤツだから!パンダ君まで馬鹿にするー!!」

「――お前、人に散々心配かけておいてえらい口の利き方だなぁ」

「はふぃ…す、すみませ……」


右手で両頬を(容赦なく)挟まれては平謝りするしかなかった。

真希の気がすんだのかようやく解放されたころには両頬は赤くじんじんしてくる。

酷いよ…なんて呟きかけた言葉は真希の睨みで呑み込まれた。


「あれ、棘君は?」

「棘はここんとこずっと任務に駆り出されてるぞー」

「うーん、そっか。あれから会えてないんだけど元気そう?」

「任務疲れはあるだろうけどそんなに顔に出す奴じゃないしなぁ」

「…てか、棘見舞いにいってたろ。がグループ入ったすぐあと」

「え」


見舞い。

はて、と記憶を巡らせる。

一度は覚醒したもののまだ呪力切れの名残と任務はしごの疲れもあって朦朧としていて記憶が定かでない時だ。

両方のこめかみに人差し指を押し当てて「うーん」と記憶を呼び起こそうとするものの棘に会った記憶はなかった。

そもそも面会人がいたら硝子さんが後から教えてくれそうなものだが。


「会ってないよ。硝子さんも何も言ってなかったし」


解呪の効果かな、と思った。

今まで繋がっていた縁を解いたから。

解呪の前だったら会えてただろう。

ならばある意味結果オーライだ。

それなのに。

望んでいたはずの結果だというのに、胸の奥はちりちりと痛む。


「…」


真希はそれをちらりと盗み見て、出かかった言葉を喉の奥へ押しやった。














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