(2020/12/08)









 2.縁結びと呪縛









「へぇ、僕以外とも縁、結んだんだ。そういうの嫌いなんじゃなかったっけ?」


悟君は答えの分かっている意地悪そうな笑みを浮かべていた。

そのことにいじけた様にむっと不機嫌を返せば、予想通りの反応だったらしく彼はさらに笑みを深めた。


「そりゃあ勝手に操作するみたいで嫌じゃん。呪いで関係も思いも縛っちゃうって事なんだから」

「綺麗に言えば縁結び、逆を言えば呪縛。…物は言いようだね」


彼の言葉には「本当にそれだよー」と嘆いた。



目が覚めると白い天井と、淡い色のカーテンが真っ先に目に入った。

見慣れぬ場所だったが、それほど混乱しなかったのは彼の姿がその視界の隅に入っていたからだろう。

段々とクリアになっていく頭ではぼそりと愚痴を彼にこぼす。


「まさか入学前の適正任務でノルマ以外にあんなに1級が湧くなんて聞いてない…」

「ちゃんと僕も見てる中だったし、結果オーライだったじゃない。まぁ、人手不足のこの業界で洗礼を受けたと思って」

「世知辛いなぁ」

「何より、が無事でよかったよ。に何かあったら環奈ちゃんになんて言われるか」

「…死人に口無し。お母さんなら“そんな軟に育ててないから”って一蹴するのが落ちだもーん」

「はは、言えてる」


は物心ついた頃から呪いが見えた。

それだけでなかったのは“縁”も見えたという事。

それは人同士の結びつきだったり、関係を表すものだったり、機会を表すものだったり。

母もそれは同じだったようだが、全くの一般人だった父を脅かさないようにとこっそり静かに今まで暮らしていた。

自然に結ばれるべき縁を自分都合で勝手に結んだり、切ったりするだなんてなんて傲慢なんだろうと思う。


「悟君、私今回はどのくらい寝てた?」

「まるっと3日。点滴してたっていってもお腹空いたでしょ。消化にいいものを少しずつ食べる様にってさ。ウィダとりあえず買ってきたけど食べれそう?」

「ありがとう!あ、新しいラムネの奴だ」

「好きでしょ、シンハツバイ。…でもま、入学式に間に合いそうでよかったじゃない」

「うん!悟君が保護者席じゃなくて教師側っていうのも何だか不思議な縁だなぁ」


上半身をゆっくりと起き上がらせて眠っていた体を起こすように伸びをする。

流石に彼の言うように3日間眠っていたようで、体はぎしぎしと強張っていて、はため息をついた。


「それに1年間は担任だしね」

「贔屓なんかしたら一週間口きかないからね」

「そんなこと言って、すぐに根を上げて“聞いて聞いて”ってなる癖に」

「…。そんな事ないし」

「そんなことあるじゃん。は僕に激甘だから」

「もう、知ってて揶揄う…。悟君本当に悪趣味なんだー」

「よく言われる。ま、恨むならその“縁”とやらを恨んでね。意図的に縁を結んだり切ったりすることが嫌いなはこの縁を無かった事にはしないだろうけど」


皮肉を返したつもりだったがさらりとかわされてお終い。

更に倍返しにするように返されては「うぅ」と狼狽えた。

やり場がなくって口に含んだゼリーをちゅーっと最後まで吸い込んだところで、ふと前回の適正任務の事を思い返す。


「そういえばあの子大丈夫だった?」

「あの子…あぁ、棘?」

「うん。狗巻棘君。自分の適正任務の後だっていうのに、巻き込まれた挙句私の後始末まで。…それに一時的とはいえ、初めましての相手に呪縛までかけられちゃうし」


申し訳ない事しちゃったな、とこうべを垂れる

呪い以外の誰かと縁を結ぶのはこれが初めてではなかった。

けれども自分が意図して行った回数は片手ほどしかない。

目を伏せ、あの時の事を思い返すと今でも鮮明に彼と繋がった時の高揚感を思い出す。

体の奥底で結ばれているという安心感。

充実感。

胸の奥から温かくて優しい気持ちがぶわりと溢れて、心地よかった。

目に見えない絆に安堵する。

彼の優しさに触れる。


(ちゃんと話せなかったけど、優しい子なんだろうな)


繋がることでわかる感情。

あの時の、あの感覚。

心を支配する温かさ。

胸に手を当てる。


(…?)


目を伏せることによって研ぎ澄まされた感覚がふと、違和感を知らせた。

違和感。

その正体。

静かな水面に波紋が広がる。

気付きという石が投げ落とされた。


「……………あ、れ?」


目を見開く。

違う。

違う違う違う。

あれ。

おかしいな。

そんなはずは。

あの時、ちゃんと。

ちゃんと手順は間違えなかったはず。

ぐるぐるする思考と、胸の穏やかさという矛盾。

違和感の正体にひとつのワードがかすんで、どくりと胸が高鳴った。

脈打つ心臓。

ごくりと生唾を飲み込む。

助けを求めるように、恩師でもある彼を見上げた。


「お、ようやく気付いた?」


彼はやはり余裕めいた表情を浮かべながら一言言い放った。








「 どうやらその縁、切れてないみたいだね 」














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