(2020/12/10)









 3.呪っちゃいました








満面の笑み。

千切れんばかりにぶんぶんと振られる右腕。

そして。


「――真ぁ希ちゃーん!!」


ご近所様への迷惑を一切考慮していない、寮全体に響き渡るほどの元気溌剌な声。

その全てを全身に浴び、禅院真希は眉間の皺を深く寄せ、ぐっと押し堪えたように目を閉じた。

そんな真希の心労を、はどのくらい理解してくれるだろうか。

喜々とした表情で目の前に到着したはまるで犬だ。

主人との再会を全身で喜ぶ忠犬。

真希は数年ぶりに再会する彼女の為に運びかけていた大荷物を一旦床におろして腰に手を当てて呆れたように、けれども観念したように口を緩める。


「まさかこんなところで再会するなんてな」

「ホントホント!真希ちゃんも呪術高専だったんだぁ。部屋もお隣じゃん」

「それは騒がしくなるな」

「退屈しなくていいでしょ?…真希ちゃん入寮今日だったんだね。私卒業式早かったから先月から来てたんだ」


荷物の運び込み手伝っていい?とは裏のない笑顔で真希に両手を差し出す。

真希にしてみれば会うのはと数年ぶりだった。

まるで昨日別れて今日再会したくらいの感覚で接してくる彼女に「変わらねぇな」と告げると「よく言われる!」と屈託のない笑みで返す

真希は観念したように持っていたボストンバックの一つを手渡し、がらんとした自室に迎え入れた。


「本当に久しぶりだな。前に会ったのは確か……」

「お母さんの葬儀の時だったね。そっか、じゃあもう3年も前だ」

「…ごめん」

「謝らないでよ。これも何かの縁!私は禅院家の事は全くわかんないし、呪術師としても未熟だけど、こうして真希ちゃんとお友だちになれた事には感謝してるんだよー」


右手で狐の形を作ると、まるで子どもをあやすようにコンコン、と揺らして見せた。

の母は呪術界の御三家ともいわれているうちの一つ、禅院の出身だ。

禅院環奈。

もとい、環奈は手で印を結ぶことで呪いを呪縛できるそれなりに名の通った呪術使いだったと聞く。

1級呪術師として活動するだけでなく、この呪術高専では講師も務めていた実力者。

そんなちょっとした有名人の母は普通に過ごしたいと半ば強引に禅院家と縁を切り、呪術界から身を引いたのは10年前の事。

その為、禅院家とはほぼ疎遠状態に近いものがあったが、どこから聞きつけたのか親戚一同が葬儀に参列。

その中の一人に真希もいたのだ。


「何か一つ掛け違えば私はこの場にいなかった。そう思うと、不思議なご縁だよねぇ。…でも、そのおかげで私は真希ちゃんとこうしてまた巡り合えたんだから、悪い事ばっかりじゃないなーって」

「ま、そうだな」

「これからよろしくね、真希ちゃん」


恥ずかしい奴、と思った。

改めてわざわざ口に出さなくてもいい事を、彼女は惜しむことなく発信した。

これからの事に期待で胸を膨らまし、じぃっと嬉しそうに見つめる瞳に直視できなくなる。

そのこっぱずかしさから逃れるように差し出された右手を軽く握り返してやると、は満足したように荷解きの続きに取りかかった。

浮かれた自分の頬に熱が帯びる。

少しでも早く気を紛らわせようと、真希は数時間前の光景を思い返しながら尋ねていた。


「昼、なんかあったのか?」

「お昼?」

「ほら、食堂で」

「あー…。見られちゃってたか」


目をクルリ、と回した後、は困ったように「んー」と言葉を濁した。

昼間。

真希がたまたま散策がてら近くを歩いていた時に目の当たりにした出来事。

私服姿の生徒が2人、昼食にしてはやや遅めの時間に一番近い食堂で騒いでいたのを耳にしたのだ。




『あの時は本ッ当にごめんね!…あれから何ともない?大丈夫?何かあったらすぐにいってね、私責任取るから!』




盗み聞きするようで悪い気持ちはあったが、その勢いと言葉の内容に思わず足を止めてしまったのだ。

どんなやつが話しているのだろうと顔を盗み見てみれば、片方は見知った顔立ちで驚いた。

数年ぶりに再会する、遠い親戚でもある

いつもそそっかしいというか。

騒がしい奴だとは前々から思っていたが、今回は今までのどの記憶よりも切羽詰まった様子でやけに印象に残った。


「ま、言いたくねーなら無理には聞かねーけどな」

「えーっと、何と言ったらいいか…」

「…なんだよ」


話しにくいことではあるが、話したくない内容ではない事を察し聞き出すように真希が言う。

荷解きしたばかりのビニールひもを指先でいじりながら、はごにょごにょと口を動かした。


「同級生を呪っちゃいました」

「――はあ!?」


肘杖をついてどうせ大したことないのだろうとふんでいた真希が大きな声をあげた。

作業を一時中断してに詰め寄った。


「なんで」

「私が呪いを祓いきれなくて」

「呪ったって、縁切り?」

「ううん、縁結びの方」

「解呪は」

「滞りなく」

「それでも解けてないと」

「そうなんだよねぇ」

「はぁ…そいつ無事かよ」

「今のところ大丈夫そう。それはさっき確認した」


今までへらへらしていたの顔が険しくなる。

どうしたものか、と思慮している時の顔だ。


「でもあれだろ?縁結んだままでも問題はないんだろ?どっちみち、同級生って事はこれから付き合い長いわけだし」

「問題大有りだよ。自分の意思とは関係なく勝手に結ばれちゃってるんだよ?気持ちいいもんじゃないよ…あぁもう本当に狗巻君に申し訳ないなぁ」

「そのイヌマキ君はなんて言ってるんだよ」

「んー多分、気にしないで、的な」

「(多分?)呪いを掛けられた当人もそう言ってんだし、案外時間が解決するんじゃねーの?術の事はよくわかんねーけど」

「そうかもだけどさー」


根明な彼女が今回やけに突っかかるなと真希は思った。

しばらく黙り込んだ後にが吐きだしたのは「私と結ばれてた間の時間は返してあげられないからさ」という言葉。

それから続いた言葉に、真希は思わず目を見開いた。




「だって、呪いが解けた時、がっかりさせちゃうじゃん」













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