(2020/12/11)









 4.借り1









「ま、深く考えたってすぐに何か変わるわけじゃないんだから」


私も物事を楽観的に見るきらいがあるが、そんな私から見ても彼は大概だった。

自分のことなら大抵のことは「ま、なるようにしかならないし」と思えるが、今回は違う。

会って間もない同級生を巻き込んでしまっている。

しかも自分の失態で。

その尻ぬぐいをしようにも現時点で思い当たる手段が思いつかないのもまた事実。

流石に落ち込んでしまう。


「兎に角、今のには2級呪術師に相応しい実戦経験と実力を身に付けてもらうよ。入学式まで時間もあるし、暇さえあれば僕との演習か任務に時間を当てて」

「…それも確かに大事かもしれないけど」

「棘の解呪の方が先じゃないのかって?」

「うん」

「なら言うけど、今回の任務…が呪力に余力を残しながら効率よく戦えていたら、後から湧いた呪いだって難なく祓えたんじゃない?どう、違う?」


的確な意見に言葉が喉でつまり、ぐうの音も出なかった。

悟君は時々意地悪な事を言う。

でも、確かにその通りだ。

私が未熟だから予想外の呪いに対応しきれなかった。

だから祓うに至らず、自分に襲い掛かろうとするそれらを“縁結び”で縛り付け、弱らせるという持久戦に持ち込むしかなかったのだ。


(はじめの呪いに手こずってしまったのは私がアイツの癖を見極められなかったからだ)


目で見えるものと本体が異なる呪いだった。

拘束しようと何度呪術を使ってもそれは空を切るばかり。

狐の窓という名の印を使って見極めることでようやくそのことに気づいたのが帳が下りてから長い針が一周はしようとしていた頃。

体力、呪力共に無駄な消耗をしてしまっていたのは言うまでもなかった。


(悟君は全部見ててくれたんだ)


という事実が胸にしみる。

意地悪な事を言って、私に気づきを与えようとする。


「違わない、悟君の言う通りだよ」

「ん、素直でよろしい。で、ここでに朗報なんだけど――」


一気に声色を変えた恩師の発言に、嫌な予感が脳裏をよぎる。

にっこーと目隠し越しにでもわかるほどの笑顔を張り付けて、五条は玩具を手にした子どものように楽し気だった。


「春休み最終日、なんと棘と合同任務が決まりました!同じ2級同士協力して呪いを祓うんだよ」




 +




いっやあ、ご縁って本当にあるんだねー。


わざとらしく、そして白々しく言い放った五条の言葉には生まれて初めてクラりと眩暈を起こしそうになった。

会いたいけど会いたくない相手。

前者はきっと結んだ縁の残り香のせい。

そして後者は自分の不甲斐なさを痛感してのそれ。


(本当に時間が解決するしかないのかなぁ)


時間を掛ければかける程、彼が解呪後の負担が大きくなる気がして。

ぐるぐる、と色々な思い頭の中をよぎる。

今私に出来る事は任務を数こなして、今度こそ自分の力で呪いを祓えるようになりたい。

出口の見えない悩みを終わらせる様にぺちん、と頬を叩くとすきっ腹を解消するために、近くの食堂へ足を踏み入れていた。


「あ、狗巻君」

「高菜」


時間で言うと14時を回ったあたり。

この時間であれば人は少ないだろうとふんでいたが予想は大いに外れた。

それどころか今一番頭を悩ませている人物が券売機の前で立ち尽くしており、思わず声を掛けてしまっていた。

ぱちり、と目が合う。

気だるげな瞳が大きく見開かれて、どきりと体中の血液が脈を打ったような気がした。

嫌な感じはしない。

むしろ胸が弾むような、高ぶるような、そんな心地だった。

快か不快かで言えば間違いなく“快”の感情だったが、その原因を知っているだけに素直に喜べない自分がいる。

縁の結ばれたままの彼も、同じ気持ちなのだろうか。


「あの時は本ッ当にごめんね!…あれから何ともない?大丈夫?何かあったらすぐにいってね、私責任取るから!」

「こんぶ、すじこ」

「えっと、大丈夫って言ってる?」

「しゃけ」

「しゃけはそうってことだったよね?…本当?本当に無理してない?」

「しゃけしゃけ」

「ほんとーのほんとにっ?」


にこり、と笑い、彼は親指と人差し指をくっつけたオッケーサインで教えてくれた。

あの時はあれだけがさがさに傷ついていた声ももうすっかり元に戻っているようで、そこでようやく肩の力が抜ける。

それから困ったように手元に目を落とした棘の元に歩み寄るとそこには「うどん」とかかれたチケットが2枚あった。

何かの手違いで2枚出てしまったらしい。

棘は少し考えた素振りを見せたのち、そのうちの1枚をに差し出して尋ねるように首を傾げた。


「ツナ」

「食券くれるの?確かに消化にいいもの食べようって思ってたところだけど」

「しゃけ」

「あ、待って!お金払うよ」

「おかかおかか」


いらないよ、とでも言うかのようにひらひらと手を振る棘はそのまま食堂の注文口へと歩き出す。

自分の券を調理人に渡したところで、をちらりと一瞥して注文口の方を指さした。

一緒に食べよう、という事らしい。

は棘に続くようにして調理のおばちゃんに食券を手渡すと、彼の横顔をちらりと盗み見た。

少ない語彙と口数のせいで何を考えているのかはわからなかったが、胸の奥で結ばれたままの縁がひどく穏やかで、優しい気持ちになる。

彼も同じ気持ちなのだろうか。


「流石に迷惑かけておいて奢ってもらうのは申し訳ないよ!」

「おーかーかー」

「そんなこと言わずに!って、あぁ!なんで財布しまっちゃうの!」

「明太子」


くつくつと堪えきれてない笑みがネックウォーマーの下からこぼれる。

小銭を突っ込もうとするを素早くかわしてズボンのポケットにさっさと財布をしまってしまう棘に抗議の声をあげてみる。

もう、と唇を尖らせてみても彼はさらに愉快そうに目を細めるようにして笑うだけ。

揶揄われているのは百も承知だが、初めて見る彼の一面にどぎまぎした。


「もう、じゃあ借り1ね!忘れないからね!」

「しゃーけー」

「じゃあこれだけは受け取って?はい、もう返品不可ー!」

「高菜!?」


パーカーのポケットにえい、っと手を突っ込むとさすがの彼も油断していたのか体を震わせるようにして驚いていた。

それは飴玉だった。

いかにも喉によさそうなゆず味ののど飴。

コンビニに日用品の買い出しに行ったときにたまたま目に入ったものだった。

その時よぎったのは任務の時にしゃがれた声で呪いを祓っていた彼の姿。

ポケットからそれを取り出して目をぱちくりさせる棘。


「あ、食べた事ない味なんだ。美味しかったらまた買ってくるから教えてね」


得意げに言うと、きょとん、と棘の顔が一変する。

恐れ入ったかー、と横顔を見つめたままでいると一瞬ちらりとだけ見てネックウォーマーを少し引き上げて鼻先まで埋めていた。


彼の耳がほんのりと朱く染まっているように見えたが、は気づかなかったことにして出来立てのうどんをトレーごと受け取った。














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