(2021/2/2)
6.任務の前に
「わーパンダ君じゃーん!」
両腕をぶんぶん振っては50メートルほど離れた相手に声を飛ばした。
隣にはマブダチの真希も一緒だ。
大声で名前を呼ばれたパンダ君は特に驚くこともなく背中をまぁるく丸めたままのそりと振り返る。
それから襲い掛かる勢いで飛びついたを難なく受け止め、首にしがみついて久々の再会を喜ぶ彼女に頬を掻いた。
大きくなったねぇ、なんてご機嫌に笑うは呪術師には珍しい根明。
白と黒の毛皮に埋めていた顔を上げるとニコッと笑った。
「わぁ、パンダ君の匂いだー!久しぶりー!」
「なんだなんだぁ、は相変わらず元気いっぱいだな」
「うん、今からの任務も元気いっぱい頑張っちゃうよー!」
「おせーぞ」
「真希ちゃんが起こしてくれるの待ってたんだよ!どうして先行っちゃうの!」
「いくつだよ、一人で起きろっつの」
冷たい口調で言い放っても、当の本人はへらへらとしておりこれには真希も毒気を抜かれるしかなかった。
先に集合していたらしい同級生のパンダ、真希…そしてもう一人の存在に気づくと、はぴょんっとパンダから飛び降りて彼の前に降り立った。
「狗巻君もおはよっ!今日はよろしくねー」
「しゃけー」
屈託のない笑顔で両手を突き出すと、その意図をいち早く理解して棘は同じく両手を合わせてくれた。
ネックウォーマーに埋もれて気だるげな目元しか見えないが、その表情は穏やかなそれ。
彼女の長いセーターの袖口からちらりと覗いた手には縁結びの呪印。
ついつい目で追ってしまって名残惜しそうにする棘に首をかしげる。
そしてその後ろでと同じようにおおきく首をかしげたのはパンダだった。
「――ははーん」
「…こ、こんぶ」
「え、パンダ君どうかしたの?」
「高菜!明太子!」
にやり、と湾曲した口元。
パンダは何かに感づいたようで棘との二人を見てそれはもう面白そうだった。
顎に手を当てたその姿はまるで名探偵か何かのよう。
その意味ありげな発言に動揺したのは棘だった。
きょとんとする彼女にぶんぶんと手を振って誤魔化す姿はそれはもう肯定しているようなもの。
慌てる棘の勢いに押されて頭にハテナを浮かべたまま引き下がる。
パンダが棘の肩を抱いてニヤニヤとしていると、4人の前に包帯で目を覆った白髪男、五条が姿を現した。
「お疲れサマンサー!おや、すでに自己紹介は済んでるようだね。僕が君らの担任です!ま、まずはこれからの学生生活をエンジョイするためにお待ちかねの合同任務に出てもらうよ」
真希とパンダ、そして棘と。
それぞれ名指しをされて4人の間に緊張感が走る。
程よい刺激だった。
それぞれ呪術師としてそれなりに呪いに関わってきただけあって、顔が引き締まる。
以前行われたのは自身の階級を査定するための適性検査。
そしてそれによって割り振られた、階級が近いもの同士を組ませての合同任務は五条の話す通り、互いの手札を見せ合う事が目的。
互いの特性を知ることで今後の学生生活をスムーズに過ごすことが出来るだとか何とか。
棘はちらりとを盗み見る。
今回割り振られた理由はおそらく適性検査で割り振られた階級が近かったからだろう。
けれども棘にとってはこの上ない好機だった。
一緒に居られる口実が出来る。
下心がないと言えば嘘ではないが、今はただ、彼女の事を少しでも知りたかった。
「棘は呪言師だよ。って、あーそっか!は一度適性検査の時に一緒にしたんだっけー!」
「うん、そうだけど…」
「どうしたの?そんな苦虫を噛み潰したような顔しちゃって」
「…悟くんのイジワル」
ぼそりと呟く。
唇を尖らせる彼女もまた愛くるしさ全開だったが、なによりその姿を見て喜ぶのが一人ではなかった事。
一人はといまだに縁結びの状態にある棘。
そしてもう一人はそれがの失態だということを知る五条。
は面白くないのか話を早々に切り上げるために「私の事を話すね」と話を変えた。
「私の術式は“呪糸操術”――縁結びと縁切り」
は両手の平を地面に向けて真正面に突き出す。
指を折り重ねて印を結んだかと思えば手の平からシュッと刃物が落ちた。
ざくざく、と音を立てて地面に突き刺さるのはクナイのような形状の片刃の得物。
足元に突き刺さった2つの刃に目を奪われる。
そしてが何かを引き上げるような動きをすると、そのクナイは見えない何かに引っ張られたように持ち上げられ、の手中に納まった。
驚く棘にネタバラシするようには2対の刃を重ね合わせ、鋏のようにチョキチョキとしてみせた。
「手の縁の呪印に納まる物なら何でも出し入れ可能なんだ。これは2対の刃――断ち鋏。この糸は万里の注連縄っていって、呪力次第で長さも本数も自由自在!」
「…高菜?」
「あ、見えない?ちょっと待ってね」
手元に集中する。
呪力が流れて、可視化できるようになった手元にはあの時任務で見たような注連縄が浮き出てきた。
「この万里の注連縄で対象を結び、断ち鋏で切るって感じ」
「ちなみに」
「――」
五条がそう切り出した次の瞬間視界の中で影が一気に動いた。
1つは五条の片手、そしてもう1つはのもの。
一瞬の出来事で咄嗟に身構えた棘であったが、次に捉えたのは回避も空しく両腕を捕らえられたの姿だった。
「っ!」
「こうやって両手首を抑えてしまえば一般人にも劣るほど貧弱で一気に無能になるからそこは棘が守ってあげてね」
「…しゃけ」
片手で、何なら親指人差し指中指の三本の指での両腕を拘束し掴みあげる五条。
確かにあんな風に抑え込んでしまえば印も結べずお得意の術式も使うことは出来ないだろう。
つまりにとって致命傷になり得るということ。
肯定してもなおの拘束は続いた。
ほらほらこんな風にされたらどうするの、という稽古のつもりなのだろう。
彼女もその意図が伝わっているようで自身の力でどうにかしようともがき、時間がたてばたつほど手首に赤みは増していった。
「 離せ 」
「おっと」
棘は抵抗して手首がどんどん赤くなっていく彼女を開放するべく口を開いた。
すっと、目を細めた棘をほくそ笑む五条は本当にいい性格をしていると思った。
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ぽちり