(2021/2/8)









 8.飴玉









が手印を組み呪具をしまうのとほぼ同刻、今まで空を覆っていた帳が解除される。

結果から言うと任務は滞りなく終わった。

2級呪術師2人が祓う呪いとして今回選ばれたのは同級…2級相当の呪いが数体。

恐らく彼なら一人で難なく祓えただろうけど、今回は互いの戦い方を知り力を合わせて祓う事が本来の目的だったらしい。

攻撃範囲が広く呪いの捜索が得意なが陽動役となり敵を誘い込み、まんまと炙りだされたところで棘の呪言でまとめて祓うという算段だった。

初めての共同任務だが対した怪我もなく、雨上がりの蒸し暑さに若干汗ばむ程度。

額に張り付いた前髪を鬱陶しそうにつまんで剥がすと、軽く髪を整えては棘に向かってにこりと笑った。


「さすが狗巻君。怪我とかしてない?」

「…」


棘は目を細めて笑い返すと両手を頭上で合わせて大きく丸を作って見せた。

問題ないよー。

とでも言ってるかのように。

何となくその行動に違和感を覚えては彼の紫がかった黒色の瞳を覗き込んだ。


「…」

「…っ」


距離で言えば拳二つ分ほど。

身を乗り出して、ほんの少し自分よりも背が高い彼と目線を合わせるためにかかとをあげた。

ネックウォーマーをしていなければ息がかかっていたのではと思うほどの距離に棘は体を硬直させる。

多感なお年頃。

しかも相手は気になっている人物。

緊張しないわけはない。

…何となく感じていたことではあるが、彼女は人との距離がおかしい。

何というか、すべてが近いのだ。

真希とは親戚同士、同性同士という事もあるからまぁ百歩譲って腕を混んで歩きたがるのは理解できるとして、パンダ相手に抱き着いていたし、伊地知相手にも身を乗り出して話していた。

今のこの状況もそうだった。

性別年齢関係なく誰とでも、というところは好感が持てる反面もどかしさも残る。

棘はに気づかれないよう、ネックウォーマーの中で口をへの字に折り曲げた。


閑話休題。

現実逃避から話は逸れたが、は何も言わない棘の目をじぃっと覗き込んだままだった。

曇りのない大きな瞳で射抜かれて、棘の視線は段々と逃げるように真横を向いた。


「狗巻君、嘘はいけないんだなぁー」


じとり、と見つめて言う。

そのままわずかに隠れた鼻先をキュ、と摘まむと咄嗟の事に棘は「おがが」と声をあげた。


「やっぱりー!声枯れちゃってるじゃん。…ごめんね、私のせいだね。狗巻君ばっかりに頑張らせちゃったから」

「おがが」

「えっ、でも」

「おがが!」


しゅん、と首を垂れるに棘は手のひらを向けて「そんな事ない」と頑なだった。

枯れてしまった声が痛々しい。

眉を八の字に下げながらも、これ以上意地を張って声を出させるのも申し訳ないと素直に引き下がる

納得はいってない。

それは正直な気持ちだった。

大丈夫と言わんばかりに手を制されても、頭の片隅は任務の内容を思い返し反省会が行われた。

あの時、もう少し早く呪いを見つけられていたら。

あの時、手間取ることなく呪いをポイントまで誘導できていたら。

あの時、呪いに背後を取られていなかったら。

あの時、私も狗巻君に任せきりにせずに呪具を振るっていたら。

あの時――。


「いぐら」


考えだしたらきりがないのも理解できるし、呪術師には怪我がつきものと言うのもわかってるつもりだ。

けれどもやっぱりこうやって仲間が傷つくところを見るのはいい気分ではなかった。

もっと、強くならなきゃ。

と、傷だらけの手を袖の中で握り締めた時、棘はやり返すように俯いたの顔を覗き込んだ。

そして見せつけるように突き出した手のひらから出てきたのは、飴玉だった。


「え、これ…」

「ごんぶ!」


柚子味ののど飴。

袋はずっと持ち歩いていたのはしわくちゃになってしまっている。

じゃーん、という効果音が付きそう勢いで見せつけ、棘は得意げに笑った。


「この前私があげたやつ…大事に取ってたの?」

「じゃけじゃけ」


これがあるから平気だよ、と棘は飴玉を蛇の牙の刻印がある舌の上に置いて口を閉じた。

にぃっと弧を描いた口元からは微かにゆずの香りが漂って、その頃にはもすっかりいつもの調子に戻っていた。


「気遣ってくれてありがと。優しいんだね」

「高菜」


そう言うと、棘は目を細めるようにして今まで見た中で一番柔らかい表情をに見せた。

目が奪われる。

彼の優しい気持ちが絞られた語彙の中にぎゅっと詰め込まれているのを感じた。

穏やかな心地だった。

頭の奥がふわふわして仕方がない。

温かい、まるで春のような。

通じ合っている、という安心感。

おそらく彼も同じ気持ちでいてくれているのだろうという確信。

私はその理由を知っていた。


(縁を、結んだから)


こんな優しい気持ちでいられるんだ。

自然と表情が緩んでしまう。

は棘ににこりと笑い掛けると、彼の手を取って「ほら、伊地知くんが待ってるよ!」と走り出す。

ぎゅ、と握りしめると、ひんやりした彼の手が応えるように握り返してくれた。














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