(2020.03.15)









 序 白蒲公英









カランコロンとベルが鳴る。

その振動は店主へと伝わり、痩せた柔和な雰囲気の男は自分を目に映して「また来たね」と微笑んだ。


(ただいま)


と心の中で呟く。

ここに任務の合間を見計らうように足を運ぶようになって間も無く一年といったところか。

あの最終選別を終えて間も無く鬼殺隊一年目が終わろうとしているのだから驚きだ。

民家の表部分をちょっとした食事処に改装したらしいこの場所は、今は店主1人で切り盛りしているらしく昼はそれなりに忙しそうだった。

玄関を潜ると入り口に並べられた藤の花(奥さんが好きな花だったらしい)の香りが優しく鼻をくすぐる。

は決まっていつもの席に腰を下ろすと、ニヤリ顔の店主にいつものように訝しげに眉を潜めた。


「鬼狩り様。よかったら新作、召し上がっていきませんか?」

「ちょっと…いつも私で試すのやめてくれない?」

「そう堅いことを言わずに。今回は洋食風にしてみたんですよ」

「…別にいいけど。あ、でも卵焼きはちゃんとつけてね」


お願いすればある程度のことは飲んでくれることをわかっての物言いにじと、と睨んでしまう。

男はそれを知ってか知らずかご機嫌に料理を始め、食材の美味しそうな匂いが店主との2人だけの空間を彩っていく。


「そういえば、体の具合はどうなの」

「ええ、お陰様で。この通り新作を生み出せるくらいには元気なもんですよ。死んだウチのが僕の悪いとこぜーんぶ持ってっちまったんでしょうね」

「そう。まぁ、元気なのが1番よね」

「娘もまだ嫁に行ってないのに、僕もまだまだ倒れられんからねぇ」


そんだけ元気なら大丈夫そうね、とが言う。

料理を作りながら男が嬉しそうに話すのは大体が奥さんか娘さんの話。

昔鬼狩りをしていた奥さんに守ってもらった経験のある彼は、果敢に鬼に挑むその姿に惚れ込み、口説き落としたのだと嬉しそうに何度も語った。

それから最愛の娘にも恵まれて、決して裕福ではないが小さな料亭を構え、家族3人で幸せな暮らしを送っていた。

しかし、娘さんが13になったばかりの年の暮れ、事態は一転したという。

両親共に流行病で倒れ、収入は絶たれ、娘は1人薬代を稼ぐために親元を離れて出稼ぎに出ることになった。

そして一年と少しして母が他界、娘さんの仕送りもあり幾らか体力のあった父の方はこうやって食事処を経営するまで回復したが、私の妻に先立たれた苦しみは想像を絶するものだっただろう。



そうこうしているうちに新作と言われる定食がの前に運ばれた。


「コロッケ…とは違うみたい。一体なにが入ってるの?」

「それは食べてからのお楽しみ。ささ、温かいうちにどうぞ」

「…ん。…美味しい!肉を刻んで揚げたのね」

「そうでしょそうでしょ。流石鬼狩り様。ご明察どおり」


メンチカツというらしいそれは衣もサクサクしていて、揚げているのに重すぎず肉汁が口いっぱいに広がって度肝を抜かれた。

任務明けで空腹だったこともあり、無心で箸を進める様子を嬉しそうにニコニコと顎杖しながら見る男の表情は満足そのものだった。


「鬼狩り様こそ、家には帰れてるのかい?忙しいのはわかるが、たまには両親に顔見せて親孝行してやるんだよ」

「…ちゃんとご飯食べに帰ってるよ。最近は月に1、2回くらいは」

「それならいいんだが。うちの娘は一向に帰ってこねぇ。出先で可愛がってもらってるといいんだけどね」

「…。便りがないのは良い便りってヤツじゃない?そのうちいい男捕まえて帰ってくるって」


食事の締めに大好きな甘い卵焼きをパクリと口に放り込むと、男はやっぱり顔をシワだらけにしてくしゃりと笑った。

熱いお茶で一服するとは懐から札を一枚取り出して男の手に握らせた。

おつりはいいからと付け加えると男は目を見開いてそれを拒む。


「こんなに沢山もらえませんよ」

「いいの。さっきの美味しかったから、前みたいにお腹を空かせた子に食べさせてあげて」

「けど」

「あ、それで足りなかったら今度来たときに付けといてよ」


ご馳走様でした、と挨拶をするとひらひらと手を振って食事処を後にする


(いってきます)


と、心の中で呟いて。




 +




昼の忙しい時間を避けるように訪れたからか、もうすでに太陽は傾き始め、間もなく仕事の時間になる。

刀を羽織の中に隠して街の外れの方に歩き出すと、どこからともなく鎹鴉がやって来ての肩にとまった。


『親父サント話セタ?』

「ん~まぁね」

『元気ソウダッタ?』

「そうね。とりあえずは一安心かなぁ」


恥ずかしがり屋で内向的なのお供は人目のある場所になると姿をくらましてしまう節がある。

こうやって町から離れてやるとその姿は現し、甘えた様にに頬ずりをして頭を撫でさせた。

目を細めて微笑する。


「さぁ、ひと稼ぎしますか。この辺りで鬼の出没情報は?」

『北ニ目撃情報有リ!』

「北ね。ありがとう」


寂しさや心細さは過去に捨て置いた。

はふっと赤みが増していく空にため息を吐き出す。

新たに空気を吸い込んだ頃には娘の目から、一人の剣士の目に変わっていた。














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