(2020/05/01)
01 ― おとずれ
りん。
音が鳴るとそれがまるで波紋のように広がって空気を震わすその振動が物にぶつかって跳ね返る。
その跳ね返って届いた音を肌で感じ取ることが出来ると言えば大抵の人は驚いた。
物心ついた頃には習得していた能力であり、他の人たちも勝手に出来るものだとばかり思いこんでいた幼少期。
―― すごいね。は背中を向けていてもそこに何かがあって、どんな動きをしているのかがわかるんだね。
父の言葉で、そうでないことを察したのが5つの時。
反射する音の雰囲気でそれが誰のもので、何をしているところなのか容易に想像が出来る。
もしこれが普通じゃないのだとしたら、顔も見ずにその音だけで言い当てられる驚きは大きかっただろう。
不審がるもの、気味が悪いと感じるもの、少なからずいたのだろうなぁと足りない頭で考える。
それでも忌み嫌われることなく今までの16年間を生きることが出来たのはただ自分が幸運で、人に恵まれていたからだとしか言いようがない。
(お陰様で男の人に混ざって前線で戦えてる。強く生んでくれた両親に感謝だなぁ)
今回の鬼の討伐はたいして厄介でもなく、むしろ姿をくらましていて死角から人を食い殺そうとするその鬼との相性はばっちりだった。
反響定位を使い、全方位の死角は無いに等しくなったにとって、そいつの頸を落とすのに対した時間もかからなかった。
鬼の音は他の生き物とは異なる響きをさせた。
自分の感覚で言うと「音がずれている」ような違和感。
その為、人間のフリをして紛れていたとしても、その響き方で特定させることが出来たのだ。
「いっただきまーす」
鬼狩り任務明けに立ち寄った甘味処でよもぎ団子をパクリと頬張る。
餡の甘味と鼻から抜けるよもぎの香りに「ん~」と思わず舌鼓を打ってしまう。
「…弥勒丸、今大丈夫よ。羽織の中においで」
頭上でタイミングを窺っていた自身の鎹鴉にくるりと指を旋回させて合図を送る。
配膳を終えて背後で控えていた店の人が奥に入ったのを見計らって、声を掛けると人見知りな彼は、ばさばさと静かに膝元に降り立って、甘えるように重ねた羽織の中に潜り込んだ。
師範に頂いた白地に三角模様のついたこの羽織は頂いてから1年以上たつというのに案外丈夫でいつも自分の身を守ってくれた。
弥勒丸と呼ばれた鎹鴉は、懐の中の温かいところを見つけたのか、落ち着いたようにそこでじっとしている。
片手で熱いお茶を呑みながら、空いた片手で頬のあたりを掻いてやると、心なしか目を細めてうっとりとしていた。
「任務報告ご苦労様」
「モ、オ疲レ。コレ預カッテルヨ」
「あら、お手紙?」
弥勒丸から文を受け取ると見慣れた文字に思わず頬が緩んでしまう。
「師範からだ。…もう、心配性だなぁ」
ふふと思わず笑みがこぼれてしまう。
達筆な字。
季節のあいさつに始まり、一番に書かれているのは安否を気遣う一言。
確かに最近は顔を出すどころか手紙すら月に一度送れていたかどうかになっていたから心配をかけてしまっていたようだ。
明日、生きていられるかわからない。
その分割合はいいが、10代という若者たちが日々死と隣り合わせ。
(自分で選んだ道なのだから気にしなくていいと言ったのに、もう…私に甘いんだから)
修行時代からそうだ。
稽古をつけて下さるときは別だがそれ以外が兎に角甘い。
それはもう他の兄妹弟子がドン引きするほど、まるで孫のように自分を可愛がるところがあったからそれはそれで困りものだったのをふと思い出す。
もう、と呆れたところで文も後半に差し掛かり、内容が一変した。
「あら」
羽織の中の弥勒丸がどうしたんだろうと自分を見上げてくる。
ここ1年の中で一番の朗報だったに違いない。
嬉しさのあまり口が弧の字を描いた。
喜びで単純な心臓が弾む。
「そう、無事に合格したのね。流石、私の弟分」
最終選考での7日間を無事に生き残ったというわけだ。
これは一緒の任務に就く日も近々くるの遠くないのかもしれない。
「ごちそうさまー」と支払いを済ませて、次の目的地でもある南南東へと足を進めていく。
「早く追いついてこーい」
嬉しい報せ。
春の訪れ。
すぐに会える気がする、そんな期待を胸に「さ、今日も稼ぐぞー」と鬼狩りに勤しむのであった。
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ぽちり