(2020/06/30)
03 ― 出会
「どうもはじめまして。私は、階級は甲。ま、適当によろしく」
目的の人物にはすぐに会えた。
少し大きめの木箱を背負った赤髪の少年、竈門炭治郎。
名前を呼んでみると、聞いていた特徴と目の前の人物は同一人物という事で間違いないらしく、15と聞いていた割には幼いような、人懐こい笑みを満面に浮かべてくれた。
「竈門炭治郎です!階級は癸。よろしくお願いします、さん」
「さん付けなんていいのに。歳だって近いんだし、気軽にって呼んでよ」
「えっと、でも」
「私がそう呼ばれたいの。階級は違えど同じ鬼狩りで同士じゃない。変に畏まられるより、気楽に接してくれた方が嬉しいから」
「そっか。、これからよろしくな」
にこり、と返事をする。
りん、と髪を結い留めている簪の鈴が透き通った音を鳴らした。
音が跳ね返り、反響して、そこで感じた二つの違和感には笑みを崩す。
(お館様ったら、そういう事)
ひとつは彼が大事そうに背負う木箱の存在。
そしてもうひとつは彼の体の方から鳴る音の存在。
が明らかに顔を顰めたのは前者の方だったが、炭治郎が小首をかしげて疑問に思った返事には炭治郎の額に指を触れることで反応を返した。
「あらら、肋骨やってんの?今までよく我慢したね」
「えっ、なんで」
「ん?…そんな音がしたから」
ちらりと炭治郎の鎹鴉を盗み見ると、あれだけ彼には威勢を張っていた鴉もびくりと体を震わせていた。
隊士の負傷を知りつつも次の任務に向かわせたわけか。
少し我慢ね、と彼女は続けて額からそのまま肺の中心部へと指を移動させる。
「集中」
―― 護の呼吸 参ノ型 恢復の息吹
「!」
触れられた部位が急に熱くなる。
違う、自分が集中すればするほどその指が目印となって血が巡っているのだと気づいた。
突然の感覚にクラりと眩暈が起きたが、呼吸がいくらか楽になったのは言うまでもない。
ぽかぽかと体が熱くなる。
彼女が指を離したころには先ほどまでの脂汗が滲むほどの痛みは解消されており驚くしかなかった。
「とりあえず応急処置」
「ありがとう、かなり楽になった。これで次の任務もなんとかなりそうだ」
「ふふ、それはよかった。…職業柄、無理するなとは言えないけど、ちゃんと音は聞いてるから炭治郎のやりやすいようにやってみて」
はほっとしたように笑みを浮かべ、そして先ほどよりも控えめに叫ぶ鎹鴉の言う通り、次の任務の場所へと足を向け歩き始めた。
「――治る怪我はいくらでもしていいけど、死んだらそれでおしまいだから」
鬼を狩る時間にしてはいくらか日が高い。
のんびりとした田舎道を二人の隊士が肩を並べて歩く。
ぽつり、と声色も表情も変えずに呟かれたの言葉が、炭治郎にはやけに耳について離れなかった。
+
初めて会った時、一番に優しくて温かい匂いがした。
慈愛に満ちた、母親のような、どんなことでも包み込んでくれそうな柔らかい匂い。
1個上とは思えない程落ち着いていて、ゆったりとした雰囲気の彼女がまさか鬼殺隊で、自分よりの長く鬼狩りをしていると聞いて驚くほどだった。
腰に下げた日輪刀と、隊服、そして羽織の袖から少し覗く、自分よりも肉刺だらけの手のひらがひどく不釣り合いに見えた。
道中は色々な事を自分に話してくれた。
生まれつき音の振動に敏感で周りの様子がすぐにわかるという事、1年以上前から鬼殺隊をしている事、お金稼ぎの為に鬼狩りになることを決めた事。
愛情深い匂いをさせる彼女。
まさかお金稼ぎが理由だなんてにわかに信じ難かったが(彼女も茶化すように言っていたこともあり)その時つんと鼻腔をかすめた寂しさの香りは何かその裏で別の理由があるのだと察することが出来た。
目的地に向かう事、2刻。
道を塞ぐように大騒ぎしている人の影に足を止めたのはの方が少し早かった。
田舎道では珍しい男女の揉め合い。
一風変わった風貌の金髪少年が一方的に娘にしがみつき、困っているにもかかわらず泣き喚き続けている姿に呆れて顔を顰めてしまう2人。
ぴしゃり、と匂いが変わる。
それについて尋ねようとした矢先、一羽の雀が勢いよく目の前に飛び出した。
「ちゅんちゅんっ!」
「おっと」
難なく飛び込んできた雀を受け止める炭治郎。
隣から呆れたような「まったく」という声が聞こえたような気がしたが、まずは必至な素振りで「ちゅんちゅん」となき、何かを訴えようとする雀に耳を貸す。
状況を察して、目の前の大騒ぎしている人物に詰め寄ろうとした時、一足先に動いていたのはの方だった。
「こら、他所様に迷惑かけない」
「いで!」
「!?!?」
にっこりと笑う表情とは裏腹に、がやってのけたのは娘にしがみつく金髪少年への制裁。
何の躊躇いも手加減もなく一撃手刀を頭に落とすと、今まで「頼む頼む結婚してくれよぅ」と泣きつかれていた娘の肩を抱いて起き上がるのを手伝った。
「えっと、あの…」
「お怪我はありませんか?…まったく、うちのがすみません」
「え、嘘…姉ちゃん!?本当に姉ちゃ――」
「何をしているんだ道の真ん中で。その子は嫌がっているだろう!」
言葉を遮るようにして炭治郎が男の方を引き離すように摘み上げ、叱る。
その間には娘の着物の裾を払い汚れを簡単に落としてやると、「不快な思いをさせてごめんなさいね。ちゃんと言い聞かせておきますから」と詫びた。
「あっ、隊服。お前は最終選別の時の」
「お前みたいなやつは知人に存在しない!知らん!」
「えーーーーっ!!会っただろうが、会っただろうが!お前の問題だよ記憶力の無さ!!――姉ちゃんもなんとか言ってよ!」
「――貴方のような手の早い弟なんて存じ上げません」
「!?」
あれだけわぁわぁ喚いていた男がびくりと体を震わせて怯えたように固まった。
目には大粒の涙。
今にも決壊しそうなぐちゃぐちゃの顔の弟弟子を見て、は内心「ある意味相変わらずそうで安心したけど」とため息をついた。
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ぽちり