(2020/08/02)









 04 ― 音響









お館さまも人が悪い、とは内心呟いた。


隣を歩く、今回の同伴対象者でもある新人、竈門炭治郎。

実際問題、要注意なのは彼本人ではなく彼が大事そうに背負う木箱の中身の方。

機敏な動きが要求される鬼殺隊には不釣り合いな大きな箱。

一般人には何か旅の道具でも入っているのだろうくらいにしか思えないそれだが、反響定位で音に敏感な

その中身が「ナニ」であるか理解するのに時間を要さなかった。


(お館様も、承知の上でのこの処遇。ならば私のするべきことは変わらない、か)


“鬼”という存在は自分の中でも決して相容れることが出来ないと思っていた。

否、現在進行形で忌み嫌うものであるそれ。

人を食い、仲間を何人も八つ裂きにし、目の前で食い散らかされた事もある。

思い返すだけで腸が煮えくり返り、今すぐにでも抜刀してしまおうとするのをお得意の平常心で何とか押し堪えた。


『 ま、そうなりゃ“あの時”の二の舞だからな。くれぐれも気を抜くなよ 』


分かってますてば宇随さん。

ふぅ、と内心ため息を一つ。

そうして無理やりにでも自分を落ち着かせて、ついつい真昼の中だというのに柄に伸びてしまう左手を制する。

元より新人の為の“同伴”が目的。

お館様の言う同伴はあくまで見守りであり、監視ではない。


(私が必ず守る)




 +




姉ちゃん…まだ怒ってる?」


結局、道の真ん中で失態を晒していた金髪男…弟弟子の我妻善逸と竈門炭治郎はともに次の任務地である南南東に向かうように指令が出た。

元より炭治郎の同伴を命じられたにとっては、連れが一人増えようが関係なく3人は鎹鴉の言うように南南東へと向かう。

と炭治郎に呆れ半分こっぴどく叱られた善逸はそれはもうメソメソとしてばかりいたが、炭治郎に分けてもらったおにぎりの半分を食べて少しは気がまぎれたようだった。


「怒ってないよ」

「嘘。俺の事なんてどうせ甲斐性無しで情けない恥さらしだって思ってるんでしょ」

「善逸、お前はどうして自分をそう卑下するんだ」

「うっさいわ!今俺は姉ちゃんと話してるんだよぅ。もうなんなんだよ…」


善逸が何故に対して「姉ちゃん」呼びをするのか、についてはすでに説明済みだ。

本当の姉弟なのではなく(なんなら年齢も同じ)同じ育手の元で修行した門下生だと話すと納得したようだった。


「そうね…怒っていないのは正直本当なんだけど」


1年ぶりの弟弟子はあの後泣き言を言いながらも無事に試練を終了し、師範の承諾が出て、最終選考も突破した。

それなのに、あくまでも自信がなく卑屈な彼の姿は相変わらずで、再会して間もないというのに耳を劈くような声で弱音を喚き散らしている。

姉弟子の前ですら失態を晒して止まない善逸の姿を、困ったように見守る炭治郎。

はそんな事にも気も暮れず、顎に指をあてて「んー」とくるりと見上げた。


「“俺はすぐに死んじゃうから結婚してほしい”っていう口説き文句はいかがなものかと」

「だ、だって姉ちゃん!俺、めちゃくちゃ弱いんだよ!?すぐ死んじゃうよ?結婚もせずに鬼に食われて死んじまうなんて俺の人生どうなってんだよぅ…!!」

「そうそれなの。善逸、そもそも貴方はまだ結婚できないじゃない」

「…………へ?」

「現在日本の結婚年齢は男17、女16。まぁ、私はもう結婚出来るわけだけど」


皆まで言わずとも察することが出来た。

年齢が足りない。

結婚年齢を無事に善逸が向かえるためには少なくともあと1年は。

言葉を失う善逸に彼の鎹雀がちゅんちゅん!と励ますようにさえずりを送る。

その鳴き声虚しく響き渡るところに、は「無事に結婚できるといいわね」と悪戯っぽく笑った。




 +




訪れたのは山奥の一軒家だった。

昼間だというのに、あたりは薄暗く、どこからか人の血や腐臭のようなものが漂う屋敷で、雰囲気と言い鬼の気配と言いここが今回の目的地であることはすぐにわかった。


「血の匂いがするな。でもこの匂いはちょっと今まで嗅いだことがない」

「えっ、なんか匂いする?それより何か音がしないか?」

「音?」


黙って二人の鬼殺隊としての分析を耳にする

りん、と簪の鈴の音が鳴って傍らに佇む子どもの気配に気が付くと、は思考を止めて子どもの傍に歩み寄った。

齢10にも満たないであろう子どもが2人。

兄妹だろうか…兄と思われる方が怯える妹を庇う姿にはにこりと微笑み安心させる。


「こんなところで何してるの?」

「!!」

(かなり怯えている。これはかなり怖い思いをしたようね)


外傷がないことを確認して、隣にしゃがみこんだ炭治郎に頷きかける。

すると炭治郎は善逸の鎹雀と協力して子どもたちの警戒心を解くことに成功していた。

流石に兄弟が多い家系の長男というだけあって、子どもの扱いには長けているようだった。


「何かあったのか?あそこは2人の家?」

「ちがう…ちがう…ばっ、ばけものの家だ」

「…」


ちらり、と屋敷を一瞥する。

善逸が先程から真っ青になりながら耳を澄まし続けているように、にも鬼と思われる音がひしひしと全身に伝わっていた。

りん、と簪の鈴の音が鳴る。

決して単体ではない今回の敵を睨むように、は目を鋭く尖らせた。














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