(2020/09/17)









 05 ― 見張









善逸が先程から真っ青になりながら耳を澄まし続けているように、にも鬼と思われる音がひしひしと全身に伝わっていた。

子どもたちは怯えながらも、兄が突然攫われてこの屋敷に連れていかれた事、それを後を付けてここまで追ってきたことを話してくれた。


「そう、よく頑張ったね」

「大丈夫だ、俺たちが悪い奴を倒して兄ちゃんを助けるから」

「ほんと?ほんとに?」

「うん、きっと」

「このお兄さんたちはすっごく強いのよ、だから安心して」


善逸だけは静かに(けれどもそれはもう全力で首を横に振っていたが)、二人の言葉に安心した兄妹はようやくほっとしたような表情を浮かべて静かに頷いた。


「ねぇ、姉ちゃん、炭治郎。なんだこの気持ち悪い音…鼓か?これ」

「…確かに不気味ね。ずっと鳴ってる」

「音?音なんて」


その時。

―― ポン ポン ポン

と鼓の音が炭治郎の耳にも届いた。

音を確認したのと、シィイという呼吸音、そして藤色の羽織の影が視界をよぎったのはほぼ同時。

音の方へ視線を向けてその場にいた全員が確認したのは、屋敷の二階から無造作に放り出された血まみれの男性の姿だった。

迷わず大地を蹴ったが、地面に叩きつけられる前に何とか抱き留めその勢いのまま地面を転がる。

一瞬の出来事にその場の全員は固まり息を呑んだ。


姉―っ!」


鉄砲玉のように飛び出したを一番に認識したのは善逸で、遅れて状況を理解した炭治郎は子どもたちに目を覆わせてから現場に駆け付ける。


「大丈夫ですか!?しっかり」

「…どれも傷が深い、血を抜きすぎてる」

「出ら…せっ…かく、あ…あ、出られたのに。せっかく、でられたのに…」


死ぬのか、と声を絞り出す男の言葉に喉を詰まらせる炭治郎。

男の血で汚れる事なんてお構いなしに抱き留め続けていたの唇がきゅっと固くなる。

その意味を察すると炭治郎は彼を抱きしめ、善逸は顔を真っ青にして肩をびくりと震わせた。


「善逸…行こう!」

「…っ!」


立ち上がった炭治郎に声を掛けられると、善逸は怯えた様に体を縮ませてぷるぷると体を震わせた。

人の死を目の当たりにして完全に怖気づいてしまった彼に二人からの冷たい視線が注がれる。


「………」

「行こう、炭治郎」

「あぁ」


返ってきた反応は拒絶のそれ。

その姿を射抜くように見つめ続けていたと炭治郎は、半ばそれを無視するように立ち上がり屋敷へと足を進めた。

その形相はあの頑なな善逸の意志を変えさせるほどの狂気めいたものだったようで、善逸はやっぱり泣き喚きながらもにしがみつき離れようとしなかった。


「もう、一人で歩く!」

「だぁああって、姉ちゃんもあの禍々しい音聞いたでしょ!?危ないよぉ!すぐ死んじゃうよ!?」

「だから私たちが行くんでしょうが。大丈夫!死なない保証はどこにもないけど、師範はそんな軟に育ててないから!」

「でもさぁ…」


ぐっと流石の善逸も押し黙るのは何を言ったって目の前のの意見を変えさせるのは到底不可能だと悟ったから。

修行時代から、どこからそんな自信が湧いてくるのかというくらいに度胸を備えた姉弟子、

肝の据わった一面は心強くもあったが、それに同行する身としては不安も募る。

しかしも子どもに言い聞かせる様な甘い戯言などではなく、本心でそう言っているのだから手に負えない。

本人が胸を張ってそう言い切れるほど、血の滲むような努力をして今の彼女がここにいるという事を誰よりも弟弟子である善逸がよく知っているのだ。


「――大丈夫、何があっても姉ちゃんが死なさないから」


にこり、と横を通り過ぎた

その何とも言えない表情に善逸はついに言葉が出てこなくなってしまった。

上っ面だけの軽い言葉なんかじゃないと、音で気づいたから。

はそれだけ言って話を終わらせると、子どもたちの方へ木箱を預ける炭治郎の元へと足を運んだ。


「それ、置いていくの?」

「あぁ。何かあれば必ず二人を守ってくれるはずだから」

「…そう」


確かに鬼がすむ屋敷に子どもを同行させるのはエサを連れて行くようなもの。

それに、ここに置いていくのだって、目を離すという事はどういった鬼がすんでいるかわからない以上、危険でしかないだろう。

は少し考えて、指を咥えて指笛を鳴らすと空高く表れた鎹鴉に向かって指をくるりと回した。


「この子は?」

「私の鎹鴉、弥勒丸よ。…弥勒丸、何か異変があったらすぐに知らせて」


カァ、と可愛く鳴いて弥勒丸はすぐそばの枝のところで見守ることにしたようだ。

炭治郎が少し困ったように微笑したのを横目に、は「行きましょうか」と言い屋敷の方へを進みだした。




 +




屋敷の中はそこら中から鬼の気配と人の血肉の匂いが漂うこと以外は普通の作りの民家だった。

元はこの屋敷に人が住んでいたのだろうが、里から少し離れた場所にあるこの土地は鬼が住まうにはもってこいだったようだ。


(あんまり、遮断物の多い屋内は得意じゃないのだけど)


本来、音を反響させてその跳ね返りから身の回りの物事を把握することに長けているにとってこんなに戦いづらいことはない。

前を歩く炭治郎は負傷状態。

後ろを歩く善逸はあれ以降もぷるぷると頼りなく震えていて、その双方が鬼狩り経験の少ない鬼殺隊の卵だから気は抜けない。


(それに、この二人の同伴だけじゃなく、屋敷の外にいるアレについてもまだ油断はできない)


炭治郎が大切に思っている箱の中身が「鬼」であることは鬼殺隊、甲としての経験から間違いはないだろう。

お館様がそれを認めている以上自分の口からどうこう言えるわけではないが、今まで出会う鬼その全てが人を喰らい、仲間を引きちぎってきた。

その怒りや無念さは晴れることはない。


(炭治郎には悪いけど、私は鬼を許せない――)


リン、と簪の鈴の音が鳴った。

四方の襖越しに感じた鬼の気配に、は目を鋭くさせたのだった。














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