(2020.2.13)(原作初期)









 思い出









「腕を上げたな」


痩せこけた頬。

男性のものにしては華奢な腕。

弱々しい息。

あれだけ厳しかった父が目に見えて弱っていく姿には胸に刺さるものがあった。

実際褒められた記憶もわずかばかりだったというのに、今のようなたった一言で単純な私は救われるような気持ちになった。

頭にぽん、とのせられた手の温かい事。

コツコツと固い、豆だらけの職人の手。

もっともっと褒められたい。

もっともっといつまでも元気でいて欲しい。

大切な家族。

それを守りたくって、守るために離れる決意をした親不孝ものの私に父はやっぱり頭を撫でた。


「どこに行ってもいい。ただ、生きていてくれ。離れていても家族だ」


その時の父の表情がやけに目に焼き付いて、ふとした時に思い返すのだった。




 +




「…?」


夢の内容は覚えていない。

何だか懐かしい夢を見ていた気もするけど、夢というものは余程不快なもの以外さらりと忘れてしまうものばかりで歯痒くなる。

朝特有のひんやりとした空気と温かいお日様の光を全身に浴びて、はぐっと伸びを一つ。

洗面を簡単に済まして鈴のついた簪で髪をまとめ上げると、夢の事などすっかり忘れてぱたぱたと厨房へ向かった。

適当な割烹着が一着、流石藤の花の家紋の家は痒いところまで手が届くというか気が利いている。

昨晩「久しぶりに料理をしたいから台所を貸してほしい」とたった一言言っただけだというのに、薪から、米から、ちょっとした材料から分かりやすいところに出しておいてくれていた。


「卵焼きと、大根と人参のお味噌汁と…おっこれは立派な鮭。塩焼きにしたら美味しそう」


材料を手に取り段取りを考えるとは慣れた手際で包丁を持った。

料理なんて数年ぶりだ。

桑島師範のところで修行していた時は暗黙の了解で担当みたいになっていたから台所に立つ機会も多かったというのに。


(そうそう、兄弟子たちの中には女には刀より包丁が似合いだとか、その分鍛錬に遅れを取るだとかビービーネチネチ言われてたっけなぁ)


男は働き女は家庭に。

そういう時代だ、と割り切ってしまえば気持ちも楽になった。

しかしそう言われたままでは気分が悪いのもまた事実。

は他の面子に後れを取らないように寝る間を惜しんで稽古に励んだし、それでも何か言ってくる奴等には「一緒にご飯食べてあげませんよ」と一蹴して黙らせていた。

元料亭の娘が作る料理は稽古場の中では群を抜いてどれも絶品の味だったのだ。


「わぁ、今日は姉ちゃんのご飯?」

「おはよう善逸。ゆっくり休んでてよかったのに」

「おはよー。んーん、いい匂いがしたから今日は何かなぁって思って」


割烹着姿も可愛いねぇ、と寝起き独特の乾いた声で眠たそうに腹を掻きながら台所を覗いてきたのは弟弟子(といっても年はほんの少し彼の方が上)の我妻善逸。

彼を含め、現在鬼との戦いによる負傷で療養中の彼らは育ち盛り真っ盛りで気持ちがいいほどぺろりと平らげてくれるだろう。

それが予想できるから、腕の振るい甲斐がある。

隣でぱか、とお鍋の蓋を持ち上げて湯気がほくほくとあがる味噌汁に目を輝かせる善逸。

一緒に修行をしていた時からよく懐いてくれていて(年が近くて話しやすかっただけなのかもしれないけど)1年離れていた今でもその関係は変わっていなくて安堵した。


「何か手伝うことある?」

「まだ折れたところ痛いんでしょ?休んでていいのよ?」

「俺が姉ちゃんと一緒にいたいの」

「…んー、なら味見てくれる?」


はじめは妙に緊張したり格好つけたりと忙しい奴だなと思っていた彼も(実際今でも可愛い子を前にするとその傾向にある)四六時中同じ釜の飯を食い、鍛錬に励んだ時間があるからか今ではすっかりと落ち着いた。

それは姉弟、といってもだれも疑いもしないんじゃないかと思ってしまうほど。

心の奥がちょっぴり寂しいような嬉しいような感じがするが、今のこの関係に不満もないし、彼もまた嬉しそうにしているから結果オーライなのかもしれない。


「ん、美味しい!俺の好きな味!」

「ふふ、善逸ったら大袈裟。今も甘いのが好きなんだね」

「好き好き。これならいくらでも食べられるよ」

「なら怪我が治ったら糖分の過剰摂取にならないように適度に体も動かさなきゃね」

「うっ。すぐそんなこと言うんだから」


しんどい事、努力が苦手な彼はすぐに弱音を吐く。

まぁ、人間1年ぽっちでそう簡単に変わるものではないからその辺の変化は期待してなかったけれども。

辛口コメントを述べても彼は今のこの状況に「新婚さんみたいだなぁ」なんて口から溢していて(きっと無意識だろうけど)浮かれまくっているようだった。

やれやれ、とため息を一つ。


「もうあの子たち起きてるかな?食事にしましょっか」

「じゃあ俺見てくるよ。ついでに布団も片付けて、用意してくる」

「ありがとう、善逸」

「…にしても姉ちゃん」

「んー?」

「腕上げたねぇ」


にこり、と裏表のない笑顔で善逸は言った。


「…」


振り返ればこの1年でいつの間にか身長を抜いていた彼がぽん、と頭を撫でた。


『腕を上げたな』


その言葉に、昔父に言われた言葉が脳内で再生されての胸はきゅっとなった。

頭に残る温度。

弱音ばかり、泣いてばかりいる彼の癖にしっかりと豆がつぶれて固くなった大きな手。


「…ん?何だこの音。…って、えぇ!?嘘!俺!?…何で姉ちゃん泣いてんの!?ごめんごめんごめん、そんなに嫌だったなんて俺」

「…て」

「えっ、ごめん何?」

「もう一回して?」


涙をぬぐい、照れながらせがむと善逸は一瞬カチ、と固まってからおずおずと頭に手を伸ばした。

2回目のそれは緊張で恐る恐るといったものだったが、昔から変わらず単純な私はそれだけでまた頑張ろうと思うのだった。














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