(2020.03.06)(過去Web拍手掲載夢)









 特別 後









姉ちゃん、これ」


朝の身支度をしていたの元に行くと、お得意の反響定位で位置を把握していたのか、善逸に驚くことなく彼女は微笑んだ。

差し出したのは自分が鬼殺隊に入って、初めて給金がもらえたら買おう買おうと心にずっと決めていたもの。

彼女とも再会し、無事にその時が来たのだと思うと前の晩から目がぎらぎらしてしまって眠れなかったが、ここで悩んで渡せないなんて事があったら本末転倒。

なんの気のきいた言葉も浮かばないまま、気付いたら善逸は彼女の前に立っていた。


「善逸、これどうしたの?」


それは一回り小さい彼女の手のひらにいとも簡単に収まってしまうほどの小さな入れ物。

彼女はその正体に気づくとくるりとそれをひねって中身を取り出した。

紅だった。

それを見た姉ちゃんからは嬉しい、という音がするのに顔は曇ったままだった。


「いつも自分以外の人のために頑張ってるの、俺ずっと見てるから知ってるよ。だから、ちょっとくらい特別なことがあったって罰は当たらないと思う」

「…善逸のくせにいっちょ前なことを」

「お、俺だって、色々考えてんの…!」

「嘘、大好き善逸」

「えッ!あ、うん…俺も好き、です」


頭の中はぷしゅうと湧いて仕方がなかったが、なんとかそれだけ返すとやっぱり彼女はいつも通り笑ってて、なんだかいつまでたっても勝てないなぁって思う。


「善逸が塗ってよ」

「ばっ、え!? いやいや無理だって! 唇に触らせてくれるなんてこの上ない至福ですけれども、俺の手がさがさしてて痛いかもしれないし、女の子がそんな気やすく触らせたりなんかしたら――」

「うんよし、炭治郎に頼もう」

「――それだけは駄目!」


待って、と善逸の手が彼女の華奢な両肩を捕らえる。

あのまま止めなかったら多分恐らく、というか確実に行ってただろうと自信を持って言える。

止めたものの、それでもなお覚悟が決まらずにショート寸前の頭で必死にどうしようか悩んだ。

ちらりと前髪から覗き込んだの瞳は真っすぐに善逸を射抜いていて、音だって相も変わらず「嬉しい」と鳴っていて思わずごくりと生唾を飲み込んだ。


「へ、下手くそだったらごめんね」

「下手くそでもいいよ」


反対の手で顎を固定する。

はいもう指先震えてるのが絶対バレる、はい今バレた。

それでももう後には引けないから震える指先を何とか彼女の唇に押し当てて滑らせる。

柔らかい感触と、温度、かすかにかかると息にもうノックアウト寸前だったが、何とか塗り終わって指を離すと、それは想像した以上に彼女に似合っていて見惚れてしまった。


「どう?」

「…日本中で一番可愛いです」

「ふふ、よかった。一番に見てもらいたかったの」

「…」


そんなこと言われちゃったら。

考えるよりも前に体が動いていた。

至近距離で彼女の驚く顔が見えて、いつもはぶれない音が楽しそうに弾んだのが聞こえて。

そして、重なってた。

離れたそれには同じ紅。

繋がった証だった。









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