(2020.03.12)(那多蜘蛛山編の後くらい)









 寝言









幻聴が聞こえた気がした。

耳鳴りが聞こえるたびに任務に出てからしばらく戻らない想い人の事を必死に探してしまう自分がいる。

彼女が戻らずまま1日、また1日と時が経つにつれて段々と記憶の音とズレが生じてきており、3日目になった今日はついに風鈴の音や食器同士の重なり合う音にすら彼女を連想するようになってしまった。

とんだご都合記憶に我ながら苦笑がこぼれる。


姉ちゃん…?」


夜も深まる頃だった。

蝶屋敷のほとんどの人が食事や湯浴みを終えて自室に戻り、ゆっくりと体を休めているであろう時間帯。

善逸も自室で完全に傷が癒えていない体を休めていたところだったが、音が聞こえたような気がして誘われるように冷たい廊下を歩いた。

ぺたぺたと静かな廊下に裸足を這わせると、徐々に見えてきたのは倒れ込んでいる人影。

え、と顔を歪めた善逸の予想通り、彼女…は玄関先にぺたりと崩れ落ちていた。


「嘘すぎでしょ!?ちょっとなんでこんなとこで寝てんの!風邪ひくよ…っていうかそれ以前に無事なの!?怪我は――!」

「あらー、これは完全に寝入ってますね」

「!!?」

「それと善逸くん、今はもうだいぶ遅い時間なので大きい声はダメですよ?」


気配もなく現れたしのぶさんのびくりと肩を震わせる。

そんな善逸に悪びれた様子もなく、しのぶはうつ伏せで靴も脱がずに倒れ込むように眠るに「もしもーし」と声をかけた。

しばらくしてむくりと起きた彼女だったが覚醒までは程遠いようで、普段寝起きのいいにしては珍しく今回ばかりは任務での疲労が蓄積されているようだった。


「ここはどこで私は誰でしょう?」

「…あれ、しのぶさん?あぁ、私蝶屋敷に帰ってこれたんだ…」

「うんうん、意識は問題なさそうですねー。恋柱の甘露寺さんからお手紙届いてますよ。ひっきりなしに任務が入ったみたいで大変でしたね。3徹だったとか」

「うぇ、恋柱と!?」

「そうなんです善逸くん。さんの階級は甲で柱候補でもありますから実戦経験を増やすために柱の方々で共同任務に出ることが多いんですよ。うん、見たところ負傷も見られませんし診察は明日にしましょう。今日はゆっくり寝かせてあげてくださいね」


目は覚ましたものの頭はうまく動いていないらしい彼女と善逸を見比べてにっこりと「あとは任せましたよ」と微笑むしのぶ。

擦り切れそうな意識の中で草履を脱ぎ、立ち上がる彼女は今にでも意識を手放してしまいそうなほどにふらふらとしていた。


姉ちゃんがそんな大変な任務こなしてたなんて知らなかった…)


普段彼女から任務について話を聞くことは滅多にない。

どちらかというと自分の話を聞いてもらうばかりで、時たま一緒の任務になった時も任務と普段を切り替えて考えてる印象だった。

1年。

たった1年早く鬼殺隊に入っただけなのに、これほどの差が開くのかと痛感する。

善逸が自分の不甲斐なさに打ちひしがられている時、の口から何事かの言葉が溢れて、うまく聞き取れず「ごめん、もう一回言って?」と耳を寄せた。


「…早く善逸に顔見せてあげないと、きっと心配してる」

「いや、今目の前にその善逸いるから。今めっちゃ見て安心してるところだから」


これは早く寝かさないとヤバイ。

3徹は流石にダメだろ、とふわふわ状態の彼女の手を取ると善逸はきた道を戻り、借りている自室へと向かう。

目を離すとまたどこで転がってるか分からないという不安もあるからと最もらしい言い訳を頭の隅で考えて、善逸は予備の寝巻きを探した。

男物しかないが隊服よりかはいくらか良いだろう。

姉ちゃんこれ使って、と差し出すとは寝ぼけたように隊服のボタンを外しだすので善逸は顔を真っ赤にさせてすぐに部屋の外に飛び出した。


(もう!油断しすぎでしょ!俺じゃなかったら手ぇ出してたからね絶対!)


襖一枚越しに布が擦れ合う音が聞こえてきて妙にイヤらしい。

年頃の男子には苦行でしかなかったが、きっと今の彼女に何を言っても無駄だろうとそんなことはわかっていた。

がしかし、やりきれない!

純情な善逸は緩めたときの鎖骨のラインをしっかりと覚えてしまっていて、それと布ずれの音と相まってさらに顔が熱くなるのを感じた。

ウブな心臓がこれでもかというほど胸板を叩きつけていて、忙しなかった。


「…姉ちゃん、もう着替えた?入るからね?」


音も静まり部屋が静かになった頃を見計らって、ふすまをほんの少し開いて中を覗くと、もうすでにが布団に沈んだ後のようだった。

どんなに疲れていても几帳面なところは相変わらずで、隊服は簡易的にだが畳まれており、枕元に簪と刀がきちんと並べられて置かれている。

布団の隅っこで寝る癖は相変わらずのようで、柔らかい枕に頭を沈めて隙だらけの寝顔を晒す彼女の頬をつん、と突いてやる。

油断しまくりの彼女の寝顔に目を細めて楽しんでいるとポツリと寝言で「善逸」と名前を呼ばれてどきりとした。


「…もうすぐ会えるからね」


だから、もうその善逸とは会えてんの。

ふ、と笑みを零すと灯りを静かに消して彼女の隣に潜り込んだ。

次に2人で目覚めるときには、彼女が慌てることを期待して。














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