(2020.04.20)(恋仲)









 焼餅









「あ、今から任務?」


馴染み深い反応に気が付き、台所からひょいと顔をのぞかせると、廊下を歩いていた炭治郎が「あぁ」と気持ちのいい返事をしてくれる。

その顔はすすだらけでまさか今から鬼退治に行く風貌には見えず、はきょとんと数回瞬きをした。

ちょっと待ってて、という言葉で今までいたばかりの厨房の方へと足を向かわせると、適当な手ぬぐいを湿らせて再び炭治郎の元へと戻った。


「こっち向いて。…まーたお風呂沸かしてくれてたんでしょ」

「ありがとう。あぁ、今日のはとびきり気持ちがいいぞ」

「流石炭売りさん、みんな喜ぶよ。…じゃあこれ、私からのお気持ちね」

「え?」


試作品、と言って簡単に包んでおいた出来立てほやほやのそれを渡す。

鼻のいい炭治郎はくん、と鼻を動かしたかと思うと満面の笑みを浮かべてそれを受け取った。

しかし、「行ってくるよ」と片手をあげた頃には生憎の苦笑い。

その意味を察したは肩をすくめてお道化てみせて、夕暮れが深まる道を行く炭治郎の背を見送った。


「うぎぎぎ」

「…こら、人の家の柱にそれ以上歯形つけない」

「とんでもねぇ炭治郎だ…。俺だって顔拭いてもらった事ないのに。憎い…憎き炭治郎め」

「流石にあんな姿見て無視も出来ないでしょ?それに今から任務だっていうのに」

「じゃあ俺も――」

「汚して来なくていいから!」

「んぐっ!!」


突っ込むように彼の脳天にチョップを食らわせると、両手で頭を抱えて痛がりながらも想いの矛先をへと向け喚き散らす善逸。


「――だあぁって!たまたま姉ちゃんの話声が聞こえて探してたら、炭治郎とは仲良く宜しくやってるし、きゃっきゃうふふだし、それにッ!…し、新婚さんみたいなことやってるし……もう!何なの!何見せつけられてんの俺!恋仲なのは俺でしょ!?俺の勘違いだったとかそんな事ないよねぇ!」

「はい、善逸…『あ』」

「あ゛――ん、って、え…なにこの柔らかいの」

「やっぱりまだ固まってなかったかぁ」


喚き散らしていた最中でもの声はしっかりと耳に届いているらしく、しっかりとその言葉に反応して口を開いた。

そこにすかさず作りたてのお菓子を一つ放り込むと、一気に落ち着きを見せ口の中に集中させている。

甘い、と呟く彼の表情は一瞬で先程とは正反対のものになり、表情豊かな彼には頬を緩めた。


「蜜璃さんにもらったお菓子が美味しかったから見様見真似で再現してみたんだけど、んーこれは改良が必要ね…」

「あ、この味もしかしてキャラメル?」

「わかる?」

「え、だってそのまんまじゃん!俺好きだよ。これ、姉ちゃんが作ったの?」

「うん。上手く出来たら今度の茶話会の時に持って行こうって思ったんだけど、流石に初めから成功はないみたい」


照れ笑いするが言う「茶話会」というのは完全男子禁制の鬼殺隊の女隊士たちで好きな甘味やお茶を持ち寄って行っているらしいものと聞いたことがある。

鬼殺隊の中でも女隊士はごく僅かしかいない為、労いや士気をあげる意味合いでも定期的に行われていると聞く。

修行時代は男ばかりに囲まれて後れを取らないように気を張り詰めていたであろう彼女も、ちゃんと年頃の女子らしい交友関係があると聞くとほっとするところがある。

特に料理の腕がぴか一な彼女は毎回何かしら振舞ってはそれをちょっとした楽しみにしているらしい。


「って、これ一個で俺の機嫌が取れるわけじゃないんですけど」

「あ、もう一個欲しかった?」

「数の問題じゃないの!」


分かっていて惚けた返答をするが、キャラメルを一つつまんだままくすくすと笑う。

そんな彼女をジト目で見つめてみても、ヤキモチ焼きを上手くあしらおうと余裕綽々な事にむっとした善逸はを台所に追いやり、後ろ手で戸を閉めた。

他の空間と扉一枚遮断されて密室空間になると、目の前のから笑みがふっと消える。


「…俺だって、姉ちゃんに誰にでも優しくするなって言いたいわけじゃない。言う権利もないってくらいわかってるけど、でも」


その行動には流石のも少し驚いたらしく音が変わった。

それをいいことにの右手を手に取って、摘ままれたままだったキャラメルを見せつけるように指ごと口に含んだ。

どくん、と跳ねる音がこの距離だとしっかりと耳に届く。

ちらりと彼女を盗み見ると耳まで真っ赤に赤く染めた想い人の姿に段々と気持ちが満たされていくのを感じた。


「俺はヤキモチ焼きだから、それ以上に俺にもって思っちゃうんだよ」


口に含んだそれはさっき食べたものよりもしっとりとしていて、口の中で甘く溶けていく。

指先についたひと欠片さえも惜しむように歯を当てると流石に見てられなくなったのか、は反対の手で僅かに抵抗しながら「善逸」と抗議の声を小さく上げた。


「ご馳走様。また頂戴ね」


いじめ過ぎたかな、と反省はするものの後悔はない。

ごめんごめんと背を撫でて「嫌いになった?」と尋ねると、愛しの彼女は相変わらずドキドキとさせたまま静かに首を横に振る。

確信犯な俺は「へへ」と喜びを噛みしめながら甘さの余韻を存分に味わうことにした。














お気軽に拍手どうぞぽちり inserted by FC2 system