(2020.04.26)









 理由









「お前の覚悟ってのはその程度のモンなのか? 辛くなるなら鬼殺隊なんてやめちまえ」


お前には向いてねぇよ、と吐き捨てられた言葉にぐっと無意識のうちに奥歯を噛みしめる力が強くなる。

頭の9割以上を占めるのは己の無力さ、意志の甘さ、決意の弱さ、不甲斐無さ。

情けなさ。

悔しさ。


「…」


形だけは膝の上で綺麗に纏められた手。

一枚先の畳の一点見つめ続けるブレない瞳。

いつもは柔和なそれが今だけは固く結ばれた唇。


「その辺にしとけ。その自虐は何の意味もねぇ」

「はい」


素直に応じる。

手首に食い込んでいた爪を外したところで、もとよりその場所には“鬼”によって傷つけられた跡が残っていた。

両手首にひっかき傷のような、しがみ付いたような爪痕が数本。

生憎、を傷つけたその鬼はもうこの世には存在しない。

昨晩の任務の際に頸を落とし、行方不明者も全員軽傷や無傷で保護している。

しかしそれは結果論に過ぎなかった。


『お姉ちゃん、お姉ちゃん』

『俺たちお腹が空いていただけなんだ』

『一緒に遊ぼ。ねぇ、一緒に遊ぼう』


自分の両方の手を引くその手は温かかった。

それは確かに生きている温かさだった。

唇に咥えた簪が鳴らす鈴の音は間違いなく「鬼である」と警告を鳴らしていたのに、事もあろうか一瞬躊躇ってしまったのだ。

敵の血鬼術に術中にはまっていた、なんていうのは後からの言い訳に過ぎない。

強い意志を持つ他の鬼殺隊員であれば簡単に弾くことができただろう。

それでもそこに「迷い」が出てしまったのは明らかに自分の落ち度であり、弱さだった。


「おい。お前はどうして鬼殺隊を続けてるんだ」

「…」


目の前の柱にそう問われて思考する。

きっかけは間違いなく両親の病が原因だった。

あまり認知のされていないその病を治療するためには莫大な薬代が必要だった。

お金の為。

勿論それも当初は大きく胸の中を占めていたものだろう。

しかし、彼の質問の本質はそうではない。


―― 何故、鬼殺隊を続けているのか。


力も、技のキレも、素早さも他の誰かに比べたら劣ってしまい、まだまだ未熟だ。

実際、最終選考以降、何十人と同志たち、守りたかった人たちを失った。

鬼の頚を切り落とせずに、結局仲間たちの犠牲の上で生かされたこともある。

でも、救えた人はもっと多かったはずだ。

良くも悪くも鬼殺隊をしているといろんな人間に出会う。

その全てが愛おしいと思えた。

どんなに野蛮な人でも、我の強い人でも、話してみれば個に変わりなかった。


「…人が好きだから。そんな人たちを護るために鬼殺隊を続けてます」


の中での着地点はそれだった。

好きなものを護るために戦う。

それを聞いた目の前の柱はふっと口元に笑みを浮かべ「ま、派手じゃねーがお前らしいわな」と呟いた。


「お前が死んだら、救えた命も救えなくなる。確かに力は他の隊士に劣るかもしれねぇが、お前にはどんなに小さな救いを求める声でも探し当てることが出来る力がある。そしてそれを護り通そうとする度胸もある。地味だがそれは他者に劣らない才能だ」

「…」

「――好きなもんは最後まで守り抜け。一瞬の情に流されているようじゃまだまだ柱候補としては半人前だぜ」

「…宇随さん」

「ま、そういうこった。しけた話はこれで終いだ。何はともあれ、よく生きて帰った」

「ご指導ありがとうございました」


再び奥歯を噛みしめる。

絶対に泣くもんかと意地でも涙がこぼれ落ちるのを食い止めている。

そんな様子に気付いているのか頭をポン、と撫でられ、目頭がかっと熱くなるのを堪えるのに必死だった。




 +




一人で帰れると申し出てみたものの、「気にすんな」と一蹴されてしまう。

気付けば日は随分と高くなっていた。

時刻で言えば昼飯時であろう。

朝方まで夜通し任務に当たり、戻ってきたのが1刻ほど前。

それから気づけばこんな時間になっていて、自分でも驚いてしまった。

温かな陽気に当てられながら、帰りの待つ者がいる蝶屋敷までの道のりを何を話すわけでもなく二人で歩く。

間もなく門が見えてくるといったところで馴染み深い声が遠くから聞こえると、苦笑いしながら宇随は「迎えが来たな」と呟いた。


姉ぇちゃあああああん!!おかえり!任務お疲れ様!――って、ぎゃああ派手柱!なんで!?ねぇ、なんでこいつと一緒に仲良く歩いてんの!?」


キン、と頭の奥まで振動させる喚き声に宇随とは眉を顰めたり耳を抑えたりとそれぞれ反応をした。

の姿を見つけにっこにこで駆けつけた彼も、その隣に宇随の姿を見つけると180度態度を変え、まるで親の仇を見るかのような視線で睨みつける。

それはが「稽古をつけて頂いたの」と説明しても態度変わらずといった様子で、威嚇するように歯をむき出し露骨に敵意をアピールする善逸にやれやれと肩に力が抜けてしまう。

しばらくすると何かにはっとなった善逸が真剣な表情で宇随に掴み掛る。


「おい」

「やめて、善逸」


何に察したかはわからないが、きっとの音に異変を感じたのだろう。

その矛先を宇随に向けようとするのを咄嗟に彼の腕をつかむことでが食い止める。


「…その傷!」


彼女の隊服と羽織の袖から覗いたのは任務遂行中に自分の失態でほったらかしにしたままの状態の手首の傷。


「とっとと治療してもらって来い」

「はい。今日はありがとうございました」

「…」


掻きむしったようなひっかき傷に、眉を顰める善逸。

くるりと踵を返したかと思うと、の手を引き有無を言わさぬように歩き出した。

去り際にふてぶてしくもぺこりと一礼することは忘れない。


「…」

「…」


あれだけ耳を劈くほどの大声をあげていた彼が何かを考えこんでいるのか、ぴたりと黙り込む。

心配しながらも痛みが出ないように優しく手を引いて前を歩く彼に、は静かについて歩くことしか出来なかった。














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