(2020/04/28)









 二人時間









歩き慣れた道を2人、手を繋いで歩く。

手を繋いでいるというのに甘い雰囲気のかけらもなく、むしろそれは連行に近いものでは苦笑した。

普段であればおしゃべり好きで独占欲の強い彼は、少しでも共にいる時間を稼ごうと寄り道をしようとしたり、たくさん話しかけたりと忙しないのに今日は違った。

善逸が来たばかりであろう方向へ一直線に戻っていく。

はいつもは隣を歩いて微笑みを絶やさない彼が、今日は無言で目の前を先導し続けるのを見て諦め半分に声をかける。


「善逸、そんなに急がなくたって止血はしてるし他に怪我もないんだから」

「止血してたって痛いのには変わりないんでしょ?それに痕が残ったり、化膿したりしたら大変だよ」

「もう心配性なんだから」

姉ちゃんが心配ばっかかけるから」

「…でもね、これは誰かに強制されたとかじゃなくて、私がやりたくてしてる事だから」


宇随さんと話して、気持ちを言葉にしてみて気づいた気持ち。



人が好き。

だから守りたい。

「助けて」という声がこの耳に届く限り。



それは鬼殺隊をしていくうちに日に日に強くなっていた感情であり、自分の使命だとも思えた。

押し黙ることしか出来なくなってしまった彼に「ごめんね」と心の中で謝る。

本当に優しい人だとも思う。

彼は自分や炭治郎の事を「優しい音を出す人」と以前話したことがあるが、もし自分にもそんな音が聞こえていたら、彼だって似た音を鳴らしているだろう。

傷つくことをよしとはしないけれども、それでも自分の意思を否定せずに尊重してくれてる証拠だ。

彼もまた彼なりに想いがあり、その中にはうぬぼれでも何でもなく自分自身の事も含まれているのだろうと思えた。

はふっと息をつくと前を歩く善逸を追い抜いて向き合った。

びくり、と肩を震わせた彼ににこりと笑った表情は彼の言葉を借りるのであれば、さぞ小悪魔チックなものだったであろう。


「ねぇ、寄り道しない?甘いの食べたくなっちゃった」

「いやいやいやいや!駄目でしょ、怪我人でしょ。いつもならむしろ喜んで連れてくけど、流石の俺も怪我人連れて寄り道できるほど野暮じゃねーよ」

「えー。善逸が折角迎えに来てくれたんだし、このまま帰るのも何だか勿体ない気がして」

「なっ…!」

「折角だったら善逸とこのまま、でぇとしたいなーなんて」

「で!でででで…でぇと!?!?」


結ばれた手を両方で握り締めて「駄目?」と小首をかしげれば、彼は声にならない悲鳴を上げたかと思うと、目を飛び出るほど大きく見開き耳まで真っ赤に染めあげていた。

任務での失態もありこのままの気持ちを引きずって直帰したくなかったのも事実。

お迎えに来てくれたのが身近で一番気が休まる相手でもある彼だったことを喜んだのも事実。

心配かけてしまったお詫びも兼ねて彼を甘やかしたくなったのも事実。

とはいえ、普段誰かを甘やかすことはあっても、自分から甘えることのあまりない彼女。

徹夜明けの疲れもあってか、大胆な発言が出来ていることは今のにとって自覚の無い事だった。

これは善逸にとってもそれはこの上ない事件で、理性と欲求に挟まれ、表情は段々と険しくなった。


「…………。帰ったらすぐに治療を受ける事、あと昼時だから1個だけ食べたらすぐ帰る事、それから買うのは俺のおごり。この3つの条件付きなら、寄っても…いいデスヨ…?」

「やった!交渉成立」


ありがとう、善逸、と喜ぶ彼女に「やってしまった」と後悔半分喜び半分な善逸。

彼女の屈託ない笑顔を見ているとそんな事もどうでもよくなってしまう。

今度は嬉しそうに甘味屋目指してはしゃぐに手を引かれながら歩く足取りは軽かった。




 +




お待ちどおさま、と店の老婆は震える手でみたらし団子と草餅を一つずつ並べて出してくれる。

その隣にはおまけの熱いお茶もついてきて、は人当たりのいい笑顔でお礼を述べて湯呑に早速口を付けた。

たかがでぇと。されどでぇと。

甘味屋で肩を並べて熱いお茶を冷ましながら飲む。

猫舌のはふぅ、ふぅ、と念入りに息を吹きかけ冷ましながらゆっくり飲んでいた。


「人の奢りの甘味は格別だなぁ」


頬に手を当てて舌鼓を打つ彼女は数分前までの雰囲気とは正反対のそれ。

宇髄の隣を歩いていた時の彼女の表情は目も当てられない程に落ち込んでいて。

音も彼女にしては珍しく静かな水面のように冷え切っていて、ふとした拍子にそれが波立ったり溢れ出したりしてしまいそうで怖かった。

任務が無事に終わったことは鎹鴉の便りで耳にしていた知っていたものの、肝心の彼女の姿が見えず不安で気づけば数刻ほど門の前で待ってしまっていた。

自分自身も任務が続き、数日ぶりの再会になるというのに彼女の表情、音、それから隣を気遣うように歩く派手柱の存在に何かあったのは一目瞭然で。


(確かに俺は弱っちいから、姉ちゃんや、姉ちゃんが守ろうとしているものを守る、だなんて言えなくて情けないけど)


彼女の隣を歩くのが自分じゃないことがこれほど悔しいと思ったことはなかった。

気付けば眉間にしわが寄っていたらしくに指を押し当てられ「しわになるよ」と指摘されるまで気付かなかった。


「鬼がね、切れなかったの」

「え、そんなに強い鬼だったの?」

「ううん、強さは蜘蛛たちのほうが強かったかな。まだ5つとかそこらの子どもの鬼でね。なーんか、変な情が出ちゃった」


それでさっき宇随さんに叱られちゃったんだけどね、とは乾いた笑みを浮かべた。


「でも、姉ちゃんはやっぱすげぇよ」

「…すごくないよ」

「すげぇよ。少なくとも俺にとっては」


みたらしを口に頬張りながら言うと、隣に座るは「へへ、そうかな」と言って黙り込んだ。

湯呑がの膝の上でゆっくりと冷えていく。

高く昇っていた太陽が少しずつ傾いていき、二人の頬を優しい風が撫でた。


「善逸はすごいなぁ」

「いやいや何にもすごかねぇよ。自慢じゃないけど」

「ふふ」

「ちょっと!そこ否定してくんないの!?」


甘いものとこの時間ですっかり立ちなおしたらしいからはいつも通りの心地よい音が聞こえた。

何の取柄もない俺だけど、いま彼女から聞こえる音は自分によるものだと、己惚れてもいいのかもしれない。














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